02
鴨原駅から徒歩数分。
国道沿いに佇むファミリーレストラン『ハイランド』の看板が、夕闇の中で寂しげに明滅していた。
自動ドアを潜ると、冷気の混じった店内に、ハンバーグの焼ける匂いと聞き慣れた声が響いた。
「……お前、わざわざバイト先にまで来るとか、嫌がらせか?」
お冷のグラスをテーブルに置いたのは、コックコートに身を包んだ久志だった。
高校で出会ってまだ一ヶ月足らずだが、腐れ縁のような気安さがある男だ。
「すまない」
優也が短く謝罪すると、久志は鼻を鳴らしてコック帽を脱いだ。
「素直に謝られると、余計に気味が悪いんだが。……まあいい、ちょうど休憩に入るところだった。何があった?」
久志は向かいの席に腰を下ろし、優也の顔をじっと見つめる。
優也は、今日屋上で出会った二年生__木原和翠との奇妙な邂逅を、言葉を選びながら説明した。
彼女に触れられそうになった瞬間の、あの『赤い拒絶反応』については伏せたままで。
「木原和翠……。ああ、二年の木原先輩か」
久志はドリンクバーのコーラを一口啜り、頷いた。
「学内じゃ有名だぞ。成績トップで、誰もが認める美人。非公式のファンクラブがあるなんて噂も聞くが、俺も知ってるのはそれくらいだ」
「……有名人、か。やっぱりそうだよな」
優也は自分の掌を見つめた。
「でも、そうじゃないんだ。ただの憧れとか、すれ違ったことがあるとか、そんな次元じゃない気がする」
「ほう。じゃあ、なんだ?」
「……初めて会った気がしないんだよ。高校よりずっと前、どこかで会っていたんじゃないかって。……そんな、根拠のない確信だけが胸に刺さってる」
久志は、優也が抱えている『一年前の空白』の深刻さを知らない。
だからこそ、その返答はどこまでも軽やかで、残酷だった。
「ハッ、なんだそれ。前世で約束し合った運命の赤い糸、的なアレか?」
「……茶化すなよ。本気なんだ」
「いや、俺が言っといてなんだが、前世とかねーだろ。……普通に考えれば、子供の頃に近所に住んでたとか、そんなオチじゃないか? 気になるなら、先輩に直接確かめてみればいい。それが一番確実だろ」
「訊くのが、一番か」
「ああ。自分の行動は自分で決めないと、大人になった時もずっとそのままの『迷子』だぞ。……まあ、お前が本気で知りたいなら、行動あるのみだ」
久志の言葉は、正論だった。
けれど、その「行動」が、優也が必死に守り、周囲が必死に隠してきた『空白の平穏』をぶち壊すトリガーになることを、久志は夢にも思っていない。
「……そうだな。一理あるよ。自分の行動に責任を持つ、か」
「少しずつ頑張れよ。……で、飯は食ってかないのか?」
「いい。母さんが準備してくれてるから」
優也は席を立ち、店を出た。
夜の風が、火照った頬を冷やす。
背後で、ハイランドの自動ドアが閉まる。
久志は、テーブルに置かれたままの優也のグラスを見つめ、独り言ちた。
「……ま、あんな美人の先輩と『運命』だなんて、羨ましい悩みだよな、優也」
何も知らない友人の、無垢な羨望。
それが、優也の足元に広がる底なしの深淵を、より際立たせていた。
to be continued.




