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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-歪の産声-

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4/66

03


同じ時刻、木原家。

学校から帰宅した一輝が、自室で鞄を置いた直後だった。

ノックもなしに扉が勢いよく開き、姉の和翠が飛び込んできた。

「ねえ一輝、どう思う?」

「……姉さん、まずは主語を。それとノックの概念を思い出して」

「一輝ったら、お姉ちゃんの話をちゃんと聞いてよー」


頬を膨らませる和翠に、一輝はため息をつきながらベッドの端を叩いた。


「わかったから、最初から説明して。……姉さんも、そこに座ったら?」


促されるまま、和翠はデスクの椅子を引き出し、行儀よく膝を揃えて座った。

そして、放課後の屋上で出会った一年生__高橋優也との、どこか噛み合わない、けれど胸が騒ぐようなやり取りを一気にまくし立てた。

聞き終えた一輝は、天井を仰いで小さく呟いた。


「……それってつまり、その高橋さんだっけ。彼に一目惚れした、ってことじゃないの?」

「一目惚れ……? そうなのかな」

「その人と話してると、顔が赤くなったり……なんだか落ち着かなくなったりしたんだろ?」

「そうそう、すごく変な感じだったの。……変ね、私。あんなに男の人が苦手だったはずなのに」


両親の泥沼の離婚劇以来、和翠が異性の名前を口にすること自体、極めて稀なことだった。

一輝は、姉が無意識に自分の胸元をぎゅっと握りしめている姿を見て、痛ましげに目を細める。


「……気づいたら、目で彼の姿を追ってたんだろ? 姉さん、それはもう一目惚れって言うんだよ」

「そうなのかな……」

「俺から言えることは一つだけ。姉さんの好きにしたらいいと思う」


一輝はベッドに深く沈み込み、視線を窓の外へやった。

正直に言えば、不安でたまらない。

人一倍体が弱く、激しい感情の揺れさえも体調に響きかねない姉にとって、誰かに強く惹かれるということは、それだけで一つの「賭け」のように思えたからだ。


「……姉さんが『外』の世界に興味を持ってくれたのは、嬉しいよ。ずっと、部屋で静かにしてるばかりだったから」

「それって、お姉ちゃんが変な人に騙されてもいいってこと? 一輝はお姉ちゃんを見捨てるのね!」


和翠は袖で目元を拭い、時代劇のヒロインのような大袈裟な泣き真似をしてみせる。


「違うよ。……姉さんが後悔しないように、笑って過ごしてほしいだけだ」

「……後悔、しないように」


和翠の表情から、ふっとおどけた色が消えた。


「……そうね。高橋くん、いい人だといいな」

「うん。……あ、話聞いてくれてありがとう、一輝!」


和翠はいつもの明るさを取り戻し、弾むような足取りで部屋を出ていった。

カチャリ、と扉が閉まる。

静寂が戻った部屋で、一輝は仰向けに横たわった。


「……姉さんのこと、本当に大事にしてくれる人だったらいいんだけど」


和翠が「恋」だと思っているその高鳴りが、彼女の脆い体にこれ以上の負荷をかけないことを祈るしかない。

一輝は、整理のつかない不安を吐き出すように、一度だけ深いため息を漏らした。


「姉さんの人生は、姉さんのものだ。……俺が口を出すことじゃないけどさ」


それでも。

姉の穏やかな日常を揺るがし始めた『高橋優也』という存在が、どうしても気にかかる。

もし彼が姉の平穏を奪い、傷つけるようなことがあれば、その時は__。

一輝は天井を見つめたまま、拳を固く握りしめた。


「高橋優也……一体、どんな奴なんだ」



to be continued.

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