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「三百ジュール、全員離れて! 放電!」
三度目の衝撃。
和翠の身体がベッドから浮き上がり、再び沈み込む。
だが、モニターに映る緑の線は、執拗なまでに水平を保ったままだった。
「心拍再開しません」
「心臓マッサージ、継続!」
医師の手が和翠の胸を何度も、何度も圧迫する。
骨が軋むような鈍い音が病室に響くが、彼女の肌からは急速に朱色が失われ、指先は冬の石のように冷たくなっていく。
数分が、永遠のような残酷さで過ぎていった。
やがて、主治医が動きを止めた。
肩を落とし、静かに時計に目をやる。
「……二月二日、午後六時十八分。死亡、確認しました」
その宣告が、終わりの鐘のように病室に突き刺さった。
「嘘だ……嘘だろ、姉さん!」
一輝が絶叫し、やり場のない怒りをぶつけるように壁を拳で叩いた。
その拳からは血が滲んでいるが、姉を守れなかったという絶望に、子供のように声を上げて泣きじゃくることしかできなかった。
桜雅と花梨は、もはや言葉を交わすことすらできず、互いの身体を壊れるほど強く抱き寄せ合った。
一度ならず二度までも、自分たちの未来そのものだった娘を失う。
その耐え難い重みに、二人の背中は力なく丸まっていた。
入り口では、久志が唯の肩を抱き寄せ、震える彼女を支えていた。
唯は顔を覆い、久志の胸に額を押し付けて咽び泣く。
久志はただ、動かなくなった懐中時計をポケットの中で強く握りしめ、茫然と立ち尽くしていた。
そして、桜。
彼女は床に座り込んだまま、感情の枯れ果てた人形のように動かない。
自分の言葉が引き金となって、和翠を死に追いやってしまった。
その事実が彼女の心を空洞に変え、焦点の合わない瞳はただ虚空を見つめていた。
だが、優也だけは違った。
彼は、医師たちが離れ、静まり返った病室で、和翠の白く冷たくなった手を再び握りしめた。
その力強さは、生きている時よりもずっと強く、決して離さないという執念に満ちていた。
彼は何も言わない。
ただ、和翠の指先を自分の胸に押し当て、その冷たさをすべて引き受けるように、ゆっくりと瞼を閉じた。
現実の喧騒が、まるで幕が下りるように遠ざかっていく。
優也が瞼を閉じ、和翠の手の冷たさを自分の胸に深く刻み込んだ瞬間、世界は混じり気のない純白に塗り潰された。
そこは、音も風もない、永遠に続く静寂の場所。
ふと視線を上げると、少し離れた場所に一人の少女が立っていた。
緩やかに波打つ髪、忘れもしないあの優しい眼差し。
二年前、あの日から時を止めてしまったはずの、花桜梨だった。
彼女は、まるで放課後の教室で待ち合わせていた時のように、小さく首を傾げて穏やかに微笑んだ。
「……やっと来たね、優也」
その声は、記憶の中にあるものよりもずっと鮮やかで、優也の乾ききった心に染み渡るようだった。
優也は、自分でも驚くほど自然に、懐かしい日々を取り戻すような柔らかな声で答えた。
「ああ。……お待たせ?花桜梨」
二人の間に流れる時間は、ニ年前のあの日、途切れてしまったはずの続きを埋めるかのように穏やかで、温かなものだった。
けれど、その光景の傍らで、一人の少女が崩れるように座り込んでいた。
和翠だった。
彼女は、先ほどまでの激しい拒絶や悲鳴を上げる気力さえも失い、魂が抜けたような「抜け殻」となってそこにいた。
焦点の合わない瞳は、真っ白な床を虚ろに見つめている。
自分の居場所はどこにもない。
自分はただの器だった。
その絶望が彼女の形を壊し、もはや自分という存在を繋ぎ止める意志すら、彼女の中には残っていなかった。
花桜梨の放つ瑞々しい生命力の輝きと、その隣で灰のように白く霞んでいく和翠。
「……ねえ、優也くん」
花桜梨が、座り込む和翠をそっと見つめながら、優しく、けれどどこか寂しげなトーンで言葉を続けた。
to be continued.




