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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-歪の産声-

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「チャージ完了! 全員離れて!」


主治医の鋭い怒号が病室を震わせ、優也は弾かれたように和翠の手を放した。

数秒前まで感じていた、消え入りそうな指先の微かな熱。

それが断ち切られた瞬間、優也の視界は絶望で滲んだ。


「放電!」


ドォン、という鈍く重い衝撃音。

和翠の細い身体がベッドの上で大きく跳ね、シーツが激しく擦れる音がした。

だが、モニターに映る無慈悲な一本の線は、微動だにしない。


「心電図、変化なし! もう一度チャージ! 二百に上げろ!」


医師たちの荒い呼吸、機械の充填音、そして背後で崩れ落ちたままの桜の啜り泣き……。

それら現実の喧騒が、まるで深い水底から聞こえるノイズのように遠ざかり、和翠の意識は再び、あの白一色の静寂へと引き戻されていった。

頭上に開いた巨大な亀裂のような「穴」から、現実の光景が音のないスローモーション映像のように降り注いでくる。


「見て、和翠さん。みんな、あなたを生かすためにあんなに必死に頑張っているよ」


隣に立つ花桜梨の、穏やかで透き通るような声が響いた。

和翠が顔を上げると、そこには地獄のような、それでいてあまりにも尊い光景が映し出されていた。

なりふり構わず、喉を枯らして自分を呼び続ける弟の一輝。

ショックの衝撃で離された自分の手を、今すぐにもう一度握りしめようと、指先を震わせながら立ち尽くす優也。

その瞳は、機械が告げる「死」など一秒も信じていない。


「……あ……っ……」


和翠の唇が震えた。

これまでの人生、自分は常に誰かの時間を奪っている「重荷」だと思っていた。

母の自由を、一輝の子供時代を、そしてこの花桜梨の命すら、自分が奪ってしまったのだと。

けれど、頭上の映像は、その絶望を真っ向から否定していた。

彼らは「奪われている」のではない。

自分という一人の人間を、この世界に繋ぎ止めるために、自らの意志で、命を削るような熱量で、和翠に向かって必死に手を伸ばしている。


「あんなにボロボロになって……あんなに泣いて。あそこにいる人たちにとって、あなたは『誰かの代わり』なんかじゃない。和翠さん、あなた自身が、代わりのきかない宝物なんだよ」


花桜梨が一歩、和翠に歩み寄った。

彼女の足元からは、和翠が今まで見てきた泥濘のような過去とは対照的な、温かく柔らかな光が溢れ出している。


「目覚めるのが怖いって、あなたは言ったね。でも、見て。優也くんは、私の影を追いかけているんじゃない。今の、泣き虫で、優しくて、一生懸命に今日を生きようとしてきた『和翠さん』を、必死に呼び戻そうとしているのよ」


和翠は再び、頭上の映像に目を向けた。

次の放電を待つ一瞬の間、優也の唇が「和翠」と自分の名前を刻んでいるのが見えた。


「花桜梨さん……でも、私は、あなたの人生を……」

「奪ったんじゃないわ。私があなたに託したのよ」


花桜梨は優しく、けれど断固とした口調で遮った。

彼女は和翠の胸元に、そっと自分の手を重ねる。


「この鼓動は、もう私のものじゃない。あなたが、お母さんや一輝くんの想いを受け止めて、苦しみながらも必死に動かし続けてきた、あなた自身の命の音。……もう一度、自分の心に聞いてみて。あなたは本当に、このまま彼らの手を振り払って、ここで終わりたいの?」


その問いかけに、和翠の瞳から再び涙が溢れ出した。

けれど、それは先ほどのような拒絶の涙ではなく、生への渇望が混じった、熱い涙だった。

現実の世界では、三度目の放電の準備が整い、「全員離れて! 放電!」という医師の叫びが、精神世界の壁を突き破るように響き渡った。

その衝撃が走る直前、和翠は頭上の光に向かって、震える手を力一杯伸ばした。


to be continued.

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