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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-歪の産声-

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病院の白い壁が、窓の外から差し込む冬の淡い光を反射して、いっそう冷たく感じられた。

和翠の枕元を囲むのは、蒼白な顔をした優也と、動揺を隠せない八重家の両親、桜雅おうが花梨かりん

そして、和翠の弟である一輝。

和翠は、ただ静かに、規則的な心電図の音に合わせて眠り続けている。

優也が、沈黙を切り裂くように低い声で言った。


「……どうしてだ、桜ちゃん。移植のことは、誰も、当事者ですら知らされてはいけないことだったはずだ。それを独断で暴き立てるなんて……おじさんも、おばさんも、知っていたのか?」


問いかけられた桜雅と花梨は、衝撃に耐えるように肩を震わせ、力なく首を振った。


「いいえ……。桜がそんなことを調べていたなんて、今の今まで……。私たちは、花桜梨の一部がどこかで生きている、それだけで救われていたんだ。相手の方を追うなんて、そんな残酷なこと、考えもしなかった」


父・桜雅の声は枯れ、母・花梨は口元を抑えて涙を堪えている。

両親の承諾すらなく、ただ自分の一存で動いていた桜。

彼女は、責めるような視線を真っ向から受け止め、静かに口を開いた。


「ただ、知りたかったんです」


その瞳には、純粋さと狂気が紙一重で同居するような、透明な熱が宿っていた。


「お姉ちゃんが死んで、優也先輩は壊れそうだった。なのに、和翠さんと出会って、先輩はまた笑い始めた。……私は、それが苦しかったんです。どうして、お姉ちゃんじゃない人を愛せるの? もし、和翠さんの中に『お姉ちゃん』がいると証明できれば、先輩は喜んでくれる、私のことも褒めてくれる……そう思っていました」


桜の言葉は、善意という名の皮を被った鋭利な刃だった。

だが、その言葉の裏に隠された本当の乾きが、ポツリと漏れ出した。


「……本当はね、お姉ちゃんの代わりに、私のことを見てほしかったんです。でも、和翠さんの中に本当にお姉ちゃんがいたんだとしたら……。心臓が先輩を選んで戻ってきたんだとしたら……。それなら、私じゃ勝てっこないって、納得できる気がしたから」


彼女にとって、この残酷な真実は、優也を救うための贈り物であると同時に、自分自身が「姉の代わり」になれないことを諦めるための、卑怯な免罪符でもあったのだ。


「ふざけるな……! 勝手なことばっかり言うなよ!」


一輝の怒号が病室の壁に跳ね返った。

一輝は椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、桜の胸ぐらに掴みかからんばかりに身を乗り出した。

その拳は小刻みに震え、瞳には涙が溜まっている。


「姉さんは、誰かの身代わりになるために生き返ったんじゃない! 俺のたった一人の姉さんなんだ! あんたがやったことは、優也さんの恋も、姉さんの人生も、全部……全部めちゃくちゃにしたんだぞ! 姉さんがどんな思いでこの一年、優也さんと笑ってたと思ってるんだ!」

「一輝くん、やめなさい!」


桜雅が慌てて一輝の肩を掴み、引き離した。

一輝の剣幕に、桜は反論することもなく、ただ無機質な瞳で彼を見つめ返している。


「放してください、おじさん! この子は、和翠姉さんを『器』としか見てないんだ! 姉さんの心を殺したんだ!」


一輝の叫びが響き渡る中、花梨が震える足取りで桜の前に立った。

「桜……。どうして、どうしてこんな身勝手なことができたの?」


花梨の声は低く、ひび割れていた。


「花桜梨が亡くなったとき、私たちはあの方の幸せを、遠くから祈ることしかできないって決めたじゃない。それが誠意だって……。なのに、あなたはそれを土足で踏みにじって、あまつさえ、優也くんにまでこんな残酷な……」


花梨は桜の両肩を掴み、縋るように問い詰めた。


「答えなさい、桜! あなたにとって和翠さんは……今ここで眠っている彼女は、お姉ちゃんの『代わり』でしかないっていうの? 目の前にいる一人の女の子として、彼女を見たことは一度もなかったの!?」


桜は、母に揺さぶられながらも表情を変えなかった。


「……お母さん。私は、ただ……木原先輩が羨ましかっただけ。お姉ちゃんの心臓を持って、優也さんに愛されて。……もし、和翠さんの中に本当にお姉ちゃんがいたんだとしたら。それなら、納得できると思ったから。それだけ……」


そのあまりにも独りよがりな告白に、病室は凍りついたような沈黙に包まれた。

優也は、和翠の白く冷たい手を握りしめた。

桜の語った「運命」という名の偽善。

それが正しければ正しいほど、自分と和翠が積み上げてきた一年間の熱は、ただの「死者への未練」という影に塗り潰されてしまう。

静まり返った病室に、規則的な心電図の電子音だけが響く。

ピッ、ピッ、ピッ……。

それはまるで、崩れ落ちた平穏の欠片を数え上げるような、冷徹なリズムだった。

眠り続ける和翠の胸の内で、彼女のものか、あるいは他人のものか分からない拍動が、目覚めの時を刻み続けていた。



to be continued.

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