21
冷たいコンクリートの上で、ぐったりと横たわる和翠の体。
優也はその肩を抱き寄せた瞬間に、かつてない戦慄を覚えた。
掌に伝わってくる、和翠の胸の鼓動。
ドクン、ドクン、ドクン。
それは、一年前のあの日、冷たくなっていく花桜梨の胸から永遠に失われたはずの、あの懐かしいリズムそのものだった。
「……っ、そんな……」
優也の思考は、逃げ場のない迷路へと突き落とされる。
この一年、和翠と積み重ねてきた愛おしい時間のすべてが、鋭い刃となって自分を切り刻み始めた。
(俺が愛していたのは、誰だ……?)
和翠の少し控えめな笑い方も、困ったように眉を下げる癖も、名前を呼ぶときの柔らかな声も、すべて「和翠」という一人の女性のものだと思って疑わなかった。
公園の街灯の下で、心臓が壊れそうなほど高鳴りながら交わした、あの熱いキスの記憶。
だが、もし。 その高鳴りの正体が、和翠の意志ではなく、彼女の肉体に宿った花桜梨の残滓だったとしたら。
和翠が自分を好きになった理由が、ただ物理的に「適合」した心臓が元恋人を求めていただけだとしたら。
そして何より恐ろしいのは、自分自身の心だった。
(俺は……和翠先輩の中に、花桜梨を見ていたのか?)
無意識のうちに、和翠の面影に花桜梨を重ねていたのではないか。
和翠の優しさに触れるたび、心のどこかで死んだ恋人の面影を探し、それを「運命」という言葉ですり替えて満足していたのではないか。
もしそうなら、自分は和翠という一人の人間を愛していたのではなく、彼女を依り代にして、死者との恋を続けていただけの化け物だ。
優也の腕の中で、和翠の顔は血の気が引き、人形のように静まり返っている。
彼女が意識を失う直前、自分に向けたあの絶望的な眼差しが脳裏に焼き付いて離れない。
「私」という存在を否定され、ただの「器」として扱われる恐怖。
自分が愛した男が、自分を通して別の女を見ているかもしれないという、吐き気を催すような疑念。
「……ごめん、和翠先輩……ごめん……」
何に対しての謝罪かも分からぬまま、優也は掠れた声で繰り返した。
抱きしめる力が強まれば強まるほど、腕の中にいるのが「和翠」なのか、それとも「花桜梨の心臓を持つ誰か」なのか、その境界線が溶けて消えていく。
すぐ側では、久志の懐中時計がチチチチチ、と鼓動を嘲笑うように、狂った速さで時を刻み続けている。
桜の静かな、狂気を孕んだ歓喜の視線。
そして給水タンクの影から、すべてを見透かしたように佇む美桜吏。
優也は、自分を蝕む残酷な自問自答から逃れるように、和翠を抱え上げた。
だが、どれほど強く抱きしめても、胸に響くその規則正しい拍動だけは、残酷な真実を刻み続けていた。
一年前、彼女を救ったはずの奇跡は、今や二人の魂をバラバラに引き裂く、呪いへと変貌していた。
to be continued.




