20
冷たい冬の風が、屋上の柵をガタガタと鳴らす。
優也、久志、唯の三人は、桜の言葉の重みに息を呑み、金縛りにあったように動けずにいた。
和翠は自分の胸元を強く、指が白くなるほどに掴みしめた。
ドクン、ドクン、と。
そこにある拍動は、いまや彼女の体全体を揺さぶるほどに激しく、熱を帯びている。
「……私の、心臓が……花桜梨さんの?」
和翠の声は震え、途切れそうだった。
彼女自身、その事実を知らされてはいなかった。
ただ、絶望的だった病状から奇跡的に適合者が見つかり、一命を取り留めたこと。
それだけを家族から聞かされていた。
だが、一年前に記憶を取り戻し、この仲間たちと過ごすようになってから、ずっと拭えない違和感があった。
この一年、優也と何度も重ねてきたデート。
二人で歩いた並木道、内緒で入ったカフェ、そして、夕暮れ時の公園で交わした柔らかなキス。
そのたびに、和翠の胸は張り裂けんばかりに高鳴り、世界が光に満ちるような幸福を感じていた。
だが、そのすべてが今、音を立てて崩れ去っていく。
優也の隣にいるときに感じる、胸の奥から湧き上がるような愛おしさ。
彼を見つめるだけで跳ねる、制御不能なほどのトキメキや、共に笑うときに刻まれる、あの弾むようなワクワクとした高鳴り。
それは、本当に和翠自身の感情だったのだろうか。
それとも、この胸の内で今も生き続けている、優也の元恋人だった花桜梨の記憶が脈打っているだけなのではないか。
(……私が優也くんを好きなのは、この心臓が彼を求めているからなの?あの時のキスも、あの幸せな時間も、全部……私じゃなくて、彼女の「残り香」だったっていうの?)
出会ってからの日々、積み重ねてきた思い出のすべてが、自分ではない誰かの借り物だったのではないか。
自分という存在が消え、花桜梨という影に侵食されていくような恐怖。
疑念が一度芽生えると、それは毒のように和翠の思考を侵食していった。
和翠は縋るような思いで、隣に立つ優也の顔を見上げた。
驚きと、悲しみと、戸惑いが混ざり合った彼の瞳。
その優しい眼差しを捉えた瞬間、胸の奥の鼓動が、かつてないほど鋭い衝撃を放った。
「……っ……優也、くん……」
視界が急速に白く染まっていく。
久志のポケットの中で、懐中時計が限界を超えた速さでチチチチチ、と悲鳴のような音を立てていた。
和翠の膝から力が抜け、吸い込まれるようにコンクリートの床へと倒れ込んでいく。
「和翠先輩!」
「和翠さん!」
優也たちが駆け寄る声が遠のいていく。
意識が途切れる寸前、和翠の耳には、風の音に紛れて誰かの穏やかな笑い声が聞こえた気がした。
和翠はそのまま、深い闇の中へと堕ちていった。
卒業を目前にした屋上は、静まり返った冬の空の下で、ただ冷たい沈黙に包まれていた。
to be continued.




