19
冷たい冬の風が吹き抜ける屋上。
フェンスの向こう側に広がる街並みは、一年前と同じように夕陽に染まっていた。
卒業式を目前に控えた和翠を囲んで、優也、久志、唯の三人は、かつてここで笑い転げた記憶をなぞるように立ち尽くしていた。
「……信じられないな。和翠先輩、もう卒業か」
優也が手すりに寄りかかり、白く濁った息を吐き出した。
「本当だね。四月からは、別々なんだね……」
唯が寂しげに眉を下げると、隣の久志が「おいおい、そんな顔すんなよ。学校が離れるだけだろ?」と努めて明るい声を出す。
けれど、久志の手は無意識にポケットの中にあった。 あの日、墓地で突然動き出した懐中時計。一年間、一度も止まることなくチッ、チッ、チッ、と規則正しい音を立て続けているそれを、彼は祈るように握りしめている。
「……大丈夫ですよ。学校は違っても、私たちは繋がっていますから」
和翠は優しく微笑み、優也の手に自分の手を重ねた。
その時、重い鉄扉がゆっくりと開き、一人の少女が姿を現した。
一年の学年章を付けた八重桜だ。
彼女はこの一年、優也たちの後輩としてごく普通に過ごしてきたはずだった。
しかし、今の彼女の瞳には、一年前にはなかった静かな鋭さが宿っている。
「……卒業めでとうございます、木原先輩」
聞き慣れた、けれどどこか冷ややかさを帯びた声が屋上に響いた。
桜の視線は優也たちを通り越し、和翠の胸元一点に向けられている。
「桜ちゃん? びっくりした、来てくれたんだ」
優也が声をかけるが、桜は答えず、一歩ずつ和翠へと歩み寄った。
「やっと、この日が来たんですね。……一年かけて、準備は整ったみたいですし」
桜の言葉に、和翠の肩が微かに震えた。
その胸の奥で刻まれるトクン、トクンという鼓動。
それは一年前よりも心なしか強く、重く、まるで誰かが内側から扉を激しく叩いているかのような確かな主張を持ち始めていた。
「準備……? 何のことだい、八重ちゃん」
和翠が問い返すが、桜はただ静かに微笑むだけだった。
その様子を、屋上の給水タンクの影から見つめる者がいた。
天多美桜吏だ。
彼女は、久志のポケットから漏れる時計の音と、和翠の胸から響く鼓動が、不気味なほど共鳴し合っているのを感じ取っていた。
「……刻限ね」
美桜吏は手にした防寒具の襟を立て、誰にも聞こえない声で呟いた。
平穏だった一年という時間は、この瞬間を迎えるための静かな猶予に過ぎなかったのかもしれない。
冬の終わりの乾いた風が吹き抜け、卒業を控えた四人の間に、説明のつかない緊張感が走り抜けていった。
to be continued.




