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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-断罪なき沈黙-

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二人は、古い寺の静まり返った墓地へと足を進めた。

湿った土と線香の残り香が漂う中、管理事務所で色褪せた名簿を照らし合わせ、ようやく辿り着いたその場所。

そこに並んでいたのは、二人の想像を絶するほどに冷たく、動かしようのない現実だった。


高橋優也。五年前、没。

和翠。十年前、没。


「……五年前。……十年前。ねえ翼くん、この日付……私たちが、あの子の結婚を祝いで笑い合っていた時だよ」


未来の声が、冬の鋭い風に揉まれて震える。

目の前にあるのはただの石の塊だ。

そこには温もりもなければ、二人の問いかけに応える意志もない。

優也が、あの日から一度も人生の時計を動かせなかったこと。

自分たちが心中したと信じ込み、その身代わりに残された息子を、愛憎の入り混じった複雑な思いで抱きしめ、苦しみ抜いて死んでいったこと。

和翠が、親友を失った空虚を抱えたまま、この街の片隅でひっそりと息を引き取ったこと。

今の二人には、その地獄のような歳月を知る術はどこにもない。


「……謝りたかったな。ずっと、謝らなきゃいけないって思って生きてきたのに。……なのに俺たちは、結局あいつらが死ぬまで、あたたかい場所で自分たちだけの人生を謳歌して、あいつらの孤独を何一つ知らずにいたんだ」

「……ひどい、本当に、自分勝手。死ぬ直前になって、急に怖くなって、自分の罪を軽くしたくてここに来ただけ。……今さら謝ったって、誰の耳も届かない。それどころか、謝ろうとすること自体が、苦しみを踏みにじることだったんだ」


未来の瞳に、堪えきれない熱いものが込み上げる。

翼もまた、視界が歪むのを必死に堪え、喉の奥を震わせた。

今すぐ、この墓石に縋り付いて泣き叫びたかった。

膝をついて、土に頭を擦り付けて、許しを乞いたかった。

だが、二人は同時に、溢れそうになる涙を、冷酷なまでに強く指で拭った。


「……泣くな。泣いちゃダメだ。……俺たちに、そんな資格はない」


翼が、自分自身を切り刻むような掠れた声で言った。


「……ええ。泣いていいのは、みんなだけだった。私たちが流す涙なんて、ただの自己満足。自分を悲劇のヒロインだと勘違いした、一番醜いエゴ」


二人は、自分たちが掴み取った六十年の幸福。

その眩しすぎる光の裏側で、彼らを暗闇に置き去りにし、死なせてしまった事実を改めて突きつけられた。

その自分たちが、今さら被害者のような顔をして涙を流すことなど、それこそが彼らに対する最大の侮辱であり、二重の殺人に他ならない。

それは「赦し」ではなく、究極の「拒絶」だった。

「謝罪」という自己満足の儀式すら、もうさせてもらえない。


「……あいつらがどんな思いでここに入ったのか、僕たちは一生、想像することしかできない。許されることも、罵られることも、もう永遠にないんだ。……謝罪さえ、受け取ってもらえない」

「……これが、私たちの罰なのね。……『自責を分かち合う相手さえ失う』。一人で……いえ、二人きりで、この罪を抱えたまま、誰の記憶からも消え去るのが……私たちの答えだったんだ」


二人は、自分たちが謳歌した人生の代償として、真空のような孤独を突きつけられた。

泣き叫ぶことすら封じられた二人の胸のうちは、凍てついた冬の空よりも空虚で、重かった。


「……行こうか」

「ええ。……もう、誰にも聞こえないけれど」


二人は深く頭を下げた。

それは祈りではなく、もはや何者にもなれない自分たちへの、絶望的な宣告だった。

腰を上げた二人の目は、赤く腫れてはいたが、その奥にある光は氷のように冷え切っていた。


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