104-08
二人は、古い寺の静まり返った墓地へと足を進めた。
湿った土と線香の残り香が漂う中、管理事務所で色褪せた名簿を照らし合わせ、ようやく辿り着いたその場所。
そこに並んでいたのは、二人の想像を絶するほどに冷たく、動かしようのない現実だった。
高橋優也。五年前、没。
和翠。十年前、没。
「……五年前。……十年前。ねえ翼くん、この日付……私たちが、あの子の結婚を祝いで笑い合っていた時だよ」
未来の声が、冬の鋭い風に揉まれて震える。
目の前にあるのはただの石の塊だ。
そこには温もりもなければ、二人の問いかけに応える意志もない。
優也が、あの日から一度も人生の時計を動かせなかったこと。
自分たちが心中したと信じ込み、その身代わりに残された息子を、愛憎の入り混じった複雑な思いで抱きしめ、苦しみ抜いて死んでいったこと。
和翠が、親友を失った空虚を抱えたまま、この街の片隅でひっそりと息を引き取ったこと。
今の二人には、その地獄のような歳月を知る術はどこにもない。
「……謝りたかったな。ずっと、謝らなきゃいけないって思って生きてきたのに。……なのに俺たちは、結局あいつらが死ぬまで、あたたかい場所で自分たちだけの人生を謳歌して、あいつらの孤独を何一つ知らずにいたんだ」
「……ひどい、本当に、自分勝手。死ぬ直前になって、急に怖くなって、自分の罪を軽くしたくてここに来ただけ。……今さら謝ったって、誰の耳も届かない。それどころか、謝ろうとすること自体が、苦しみを踏みにじることだったんだ」
未来の瞳に、堪えきれない熱いものが込み上げる。
翼もまた、視界が歪むのを必死に堪え、喉の奥を震わせた。
今すぐ、この墓石に縋り付いて泣き叫びたかった。
膝をついて、土に頭を擦り付けて、許しを乞いたかった。
だが、二人は同時に、溢れそうになる涙を、冷酷なまでに強く指で拭った。
「……泣くな。泣いちゃダメだ。……俺たちに、そんな資格はない」
翼が、自分自身を切り刻むような掠れた声で言った。
「……ええ。泣いていいのは、みんなだけだった。私たちが流す涙なんて、ただの自己満足。自分を悲劇のヒロインだと勘違いした、一番醜いエゴ」
二人は、自分たちが掴み取った六十年の幸福。
その眩しすぎる光の裏側で、彼らを暗闇に置き去りにし、死なせてしまった事実を改めて突きつけられた。
その自分たちが、今さら被害者のような顔をして涙を流すことなど、それこそが彼らに対する最大の侮辱であり、二重の殺人に他ならない。
それは「赦し」ではなく、究極の「拒絶」だった。
「謝罪」という自己満足の儀式すら、もうさせてもらえない。
「……あいつらがどんな思いでここに入ったのか、僕たちは一生、想像することしかできない。許されることも、罵られることも、もう永遠にないんだ。……謝罪さえ、受け取ってもらえない」
「……これが、私たちの罰なのね。……『自責を分かち合う相手さえ失う』。一人で……いえ、二人きりで、この罪を抱えたまま、誰の記憶からも消え去るのが……私たちの答えだったんだ」
二人は、自分たちが謳歌した人生の代償として、真空のような孤独を突きつけられた。
泣き叫ぶことすら封じられた二人の胸のうちは、凍てついた冬の空よりも空虚で、重かった。
「……行こうか」
「ええ。……もう、誰にも聞こえないけれど」
二人は深く頭を下げた。
それは祈りではなく、もはや何者にもなれない自分たちへの、絶望的な宣告だった。
腰を上げた二人の目は、赤く腫れてはいたが、その奥にある光は氷のように冷え切っていた。




