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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-断罪なき沈黙-

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「……行こうか。あの場所に」


二人が最後に辿り着いたのは、茨堂陸島の断崖、藍華あいかの古木の前だった。

あたかも二人を待っていたかのように、風が吹くたび古木から花弁が舞い落ち、地面を淡い色で塗り替えていく。


あの日、すべてを捨てて生きるために「偽りの死」を演出し、美桜吏がダイヤモンドダストという名の残酷な奇跡を見せた場所。

老いた二人は、どちらからともなく寄り添うようにして、古木の根元に腰を下ろした。

眼下に広がる冬の海は、あの日と同じように深く、青く、そしてどこまでも冷たい。


「……ねえ、翼くん。覚えてる? あの時、ここで誓ったこと」

「ああ……。二人で生きていこうって。誰も知らない名前で」

「あの頃の私たち、自分たちが一番の悲劇の主人公だと思ってた。親に縛られて、自由がないって……」

「自分勝手だったな。ただ傷つくのが怖くて、愛してくれた人たちの心を引き裂いて逃げただけだったのに」


翼は自嘲気味に笑い、自分の節くれ立った指を強く握りしめた。


「優也の必死の訴えも、俺にはただの雑音だった。和翠さんの思いも無視した。俺たちが幸せになるためなら、あいつらの人生なんてどうなってもいいって……心の底で切り捨ててたんだ」

「ひどい人たちね、私たちは。六十年、九州であの子たちを育てながら、ずっと怖かった」

「幽霊が、出てくるとか思った?」

「いいえ。彼らは幽霊にすらなれなかった。私たちが押し付けた『死』っていう嘘の中で、息を詰めて生きて……そのまま消えていった」

「怒ることも、真実を知って立ち直ることも……俺たちが、奪ってしまったんだ」


未来の手が、翼の手を強く、痛いほどに握りしめる。


「……ねえ、久志…。私たち、本当に、救いようのないクズだったね」

「ああ。……でも、そんな唯と一緒にいられて、俺は……」


翼は深く息を吐き出し、凍てつく空を見上げた。


「……あの世で、みんなに会えるかな。そこでなら、せめて謝れるだろうか」

「うんうん、きっと会えないよ」

「……そうだな。そんな救い、俺たちには準備されてないかっ」

「私たちの行く場所は、みんなとは決して交わらない無の場所。謝ることさえ叶わない二人きりの永遠の孤独」

「……それが、俺たちに課せられた、最高の刑罰か」

「ふふ……あの日からずっと、私たちは二人きりだったものね。何十人の子供を抱きしめても、魂はあの夜から一歩も動けていなかった」

「ああ。……それが、俺たちに相応しい終わりだな」


二人は、最も穏やかで、最も絶望に満ちた微笑みを交わした。

震える手をお互いに手繰り寄せ、指を絡ませ、どちらからともなく深く寄り添い合う。

その肩に、その瞼に、舞い落ちる花弁が静かに積もっていく。

そこには迎えの光も、天上の音楽もない。

ただ、激しく岩を打つ冬の風の音だけが、二人の鼓動を飲み込み、永遠を刻むように繰り返されていた。


(……いつか、なんて来ないんだよ。久志)


かつて、絶望の淵にいた優也が放った呪詛が、遠のいていく意識の中で、鋭いナイフのように一瞬だけ響いた。


トクン。


心臓が一度、重く跳ねた。

重なり合っていた二つの鼓動が、まず、ひとつ。


トッ……。

……。


もうひとつ。

ドクン。


……。

…………ッ。

……。

…。


Chapter ends;The beginning of a new chapter.



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