101-05
九州の南端。
一年中どこかで花が咲き、潮風が草木の香りを運んでくる丘の上。
かつて「心中した姉弟」として世界から葬り去られた二人は、今、溢れんばかりの陽光の中にいた。
庭では、五人の子供たちが泥だらけになって駆け回っている。
「待てー! ケン太の泥団子、僕のズボンについた!」
「あはは、捕まえてみなよ!」
「ずるいぞ、僕のミニカー返せー!」
その喧騒を、テラスのベンチで微笑みながら見守る男女がいた。
白髪の混じり始めた短髪を整えた北瀬翼と、柔らかな微笑みを湛えた赤松未来。
あの日、北端の海で死ぬ代わりに、お互いに贈り合った新しい名前。
「未来を創るために」
「翼を広げるために」
そう名付け合った新しい名は、今やどんな高価な宝石よりも価値のある、二人の一番の宝物になっていた。
翼は隣に座る未来の手をそっと握りしめる。
重なり合った二人の左手薬指で、シンプルな銀の指輪が眩しく光を反射した。
「……過去は変えられなくても、未来は変えられる。……そうでしょう?」
未来が、翼の肩にそっと頭を預ける。
翼はその温もりを確かめるように、深く頷いた。
その時、門扉が開く音がした。
「ただいまー! 父さん、母さん!」
数年前にここを巣立った長男の飛鳥と、長女の春花が、晴れやかな顔で坂道を登ってくる。
「おかえり。……よし、今日は久しぶりに俺が腕を振るわなきゃな」
「あら、それは楽しみですね。アナタのご飯は、世界で一番美味しいですから」
未来がクスクスと笑いながら言った。
かつて翼が生活のために必死に働いていたバイト先での経験を知っているからこそ、ふと漏れた本音だった。
「未来の料理だって負けてないぞ。俺は、お前の作る味が一番好きだ」
翼が真っ直ぐにそう返すと、庭で遊んでいた子供たちが一斉にブーイングを上げた。
「ブーブー! パパのがいいー!」
「僕も父さんのご飯を所望します!」
「ちょっと、みんなひどいわね! ママだって頑張ってるのに……」
未来が頬を膨らませると、帰省した二人が追い打ちをかけるように笑った。
「母さん、もう諦めたほうがいいと思います。父さんと比べるのが間違いですよ」
「そうそう、料理に関してはセンスがないってそろそろ理解して」
「飛鳥までそんなこと……! もう、春花も助けてくれないの?」
「うーん、お母さんの味も家庭的で好きだけど……やっぱり今日は、お父さんの『翼スペシャル』が食べたいかな!」
「そんな〜……」
未来の困り顔に、翼が声を上げて笑い、子供たちの歓声が重なる。
かつての名前を捨て、「運命」を海に沈め、自分たちを「死者」として葬った者たちの絶望など、もうここには微塵も届かない。
『児童養護施設・未来の翼』。
その名の通り、かつて折れかかっていた二つの翼は、今、多くの子供たちの背中に未来への翼を与え、新しい空へと羽ばたかせるための休息地となっていた。
いつか新しい風が吹いたとき、彼らがまた力強く羽ばたけるように。
今はただ、傷ついた翼を休め、明日への力を蓄える場所。
沈みゆく夕陽が、丘の上を優しい黄金色に染め上げていく。
翼と未来は、駆け寄ってくる子供たちを、大きく広げた腕で迎え入れた。
「……ゆっくりと、お休みなさい」
穏やかな夜の帳が降りる中、二人の紡ぐ物語は、静かな愛の音色と共に溶け合っていった。




