100-04
寺の出口で、蒼、天、そして弥生の歪な三人組を見送った後。
優也と和翠は、本堂へと続く石階段の途中で足を止めた。
周囲には自分たち以外に人影はなく、ただ冬の乾いた風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
「……みんな、あの日から一歩も動けてないんだな」
優也の言葉に、和翠は自らの肩を抱くようにして頷いた。
「ええ。……蒼くんたちの顔、見た? 三人で一緒にいることで、ようやく『一人じゃない』って自分を騙してるみたいで……見ていられなかった」
「俺たちだって同じだよ。……なあ、和翠」
優也は、ポケットの中で冷え切った自分の手を見つめた。
「……家を出たあいつ、最近また連絡があったか?」
「ええ。……元気にやってるみたいよ。仕事も順調だって」
和翠が力なく微笑む。
しかし、その微笑みにはどこか怯えのような色が混じっていた。
「……あいつ、二十歳を過ぎてから、ますます、ヤツに似てきたと思わないか」
和翠の体が、ビクンと小さく震えた。
それは二人が二十年間、言葉にすることを恐れてきた禁忌だった。
久志の面影を追い、名前に「久」の一文字を刻んだはずなのに、実際に息子が成長し、その背格好やふとした時の笑い方が「アイツ」に似てくるたびに、二人の心は千々に乱れた。
「……ええ。最近は、怖くて直視できない時があるの。笑った時の目元や、少しだけ乱暴な歩き方まで……。あの子の中に、あの日死なせてしまった久志くんが生きているみたいで……私、あの子を愛しているのに、時々、あの子を通して久志くんに責められているような気持ちになる」
「俺もだ。……あいつが大人になって、自立していく姿を見るたびに思うんだ。もし久志が生きていたら、こんな風に笑って、こんな風に歩いていたんだろう……俺たちは、あの子を育ててきたんじゃない。失った久志の幻影を、二十年かけて塗り固めてきただけなんじゃないかって……」
優也の声が、苦い後悔と共に空気に溶ける。
二人が築き上げた「家族」という平穏さえも、久志という巨大な喪失感に侵食されていた。
自分たちの愛した息子は、いつしか「あの日失われた未来」の身代わりという十字架を背負わされていたのだ。
「……行こう。線香を上げなきゃな」
優也は逃げるように歩き出し、本堂の前で一本の線香に火をつけた。
白く細い煙が、灰色の空へとさらに立ち上っていった。
優也はふと、その煙の先を見上げる。
その瞬間、冬の陽光に透けた煙の中に、キラリと光った。
あの日、二人を連れ去った、あの美しくも冷酷な光だ。
(久志……唯……。お前たちは、俺たちを許してくれるのか?)
淡い期待が胸をよぎる。
だが、次の瞬間、その光はあまりにも眩しく、優也の瞳を灼いた。
(……いや、違うか。その光はお前たちを祝福しているんだ。……お前たちは、もう、俺たちのことなんて見えていないんだな)
自分たちがどれほど祈ろうと、どれほど後悔しようと、あの二人はもうここにはいない。
自分たちの息子に「アイツ」の影を見て怯える日々さえ、彼らにとっては知る由もない過去なのだ。
優也は自嘲気味に目を伏せた。
空を見上げる自分たちの首には、一生外れることのない後悔という名の鎖がついている。
「……おやすみ、久志。唯」
優也の呟きは、誰に届くこともなく、冷たい風にかき消された。




