堕天使NOAとの反省会
冥界の入口に戻ると、ベルゼブブやライアン達は既に姿を消していた。
沈みゆく夕焼けが、俺の哀愁を更に誘う。
ホテルを出発してから、すでに十二時間近くが経過しており、俺たちの疲労はピークに達していた。
リーダーである俺の無計画な進行もあり、ひとまず一番近くの街、ガルドレイアへと戻ることにした。
特に、自身の限界を超える極大魔法を放ったレイナは、完全にダウンしていた。
サスケの助けを借りながら街へたどり着き、途中で彼女を引き継いだ俺は、そのまま背負って門をくぐる。
その光景を目にしたエリスとリリアは、どこか面白くなさそうな表情を浮かべていた。
しばらく歩くとカインが鼻を高くして自慢げに近寄ってきた。
「兄貴、これ見てくれ。じゃーん!」
見れば、カインは戦闘の混乱に乗じて魔石やレアドロップ品を拾いまくってくれていたのだ。
まあ、かくいう俺自身も、ちゃっかり数点のレアドロップをポーチに忍ばせていたのだが。
そのままギルドへ向かい、レイナをベンチに座らせた。
カウンターで提出すると、魔石だけでも金貨五十枚という超高額での買い取りとなった。
どうやら強魔獣の魔石は高価なようだ。
ギルドマスターは俺たち一行の姿を認めると、慌てて防衛大臣へと報告の使いを走らせたようだ。
報告を受けた防衛大臣室では、「ひいっ! またあの便利屋の一味が来たのか!?」と情けない悲鳴が上がっていたらしい。
やがて血相を変えてギルドへ駆けつけてきた大臣は、俺の姿を見るなり引きつった愛想笑いを浮かべてすり寄ってきた。
「こ、これはこれは涼さん。お元気そうで……本日の戦果はいかがでしたかな?」
「ああ。冥王と、魔獣を千五百体くらいは倒してきたぞ。この街もしばらくは安全だ」
「ええーっ!?」
その言葉にギルド内がざわつき、周囲に人が集まり始めた。
この街特有の屈強な冒険者たちも気掛かりでしょうがないといった様子で聞き耳をたてる。
一瞬、すべて自分の手柄にしてしまおうかという誘惑が頭をよぎったが、すぐに虚しさが込み上げ、正直に報告した。
「……冥王を倒したのは、勇者ライアンだ」
「おおぉ……」
さらなるどよめきが広がる。
「そ、それでも、魔獣を大量に討伐してくださったことには違いありません! 先日のスイートルームを二室、すぐにご用意させていただきます!」
「ああ。その分くらいは貢献しているはずだから、頼むよ。ただ、今日は稼げたし、ご飯やポーション代は大臣にたからずに自分たちで購入するから安心してくれ」
防衛大臣は、まるで別人を見るかのような目を丸くして俺を眺めていた。
途中で御当地飯を買い、部屋で今日の戦いをねぎらいながら皆でテーブルを囲んだ。
空腹だった皆にとっては、以前食べたご馳走に匹敵するほど美味しかったようだ。
――俺と師を失ったレイナを除いて。
正直なところ、レイナ同様、今の俺は何を口にしても全く味がしなかった。
男女部屋に分かれて風呂に入り、疲労困憊の皆は早めにベッドに入った。
しかし、俺だけは目が冴えてどうしても眠ることができず、二十四時を回ったところでそっと部屋を抜け出し、ロビーへと向かった。
到着すると大窓から見える双月の光が、俺の座るソファーを神秘的に照らしていた。
「ノア、一回目だ」
《はい、涼さん。今回はライアンに出し抜かれてしまい、本当にごめんなさい》
《ノアはもう、死んでお詫びするしかありません……》
(また大袈裟にアピールしてきたもんだな)
「気にするな。あれは俺のミスだ」
《お情け、ありがとうございます。ただ……一つだけ、言い訳をしてもよろしいでしょうか?》
「構わない」
《私がシステムをハッキングしていたのは、ご存知ですよね?》
《バックドアを仕込んで五、六回ほど情報収集をしていたのですが……どうやらルシフェル様たちは、二、三回目の時点でそれに気付いていたようなのです》
《あえて五、六回目までこちらに潜らせ、一部の重要な情報を渡す代償を払ってでも、私達を完全に油断させる道を選んだのでしょう》
「だから言ったのに……だが、何か俺たちを油断させる事ができるものなんてあったのか?」
《はい。私がどうしても潜り込めない【ブラックボックス】が存在していました》
《中身を直接解析することは不可能でした。ですが、その周辺のシステムログから『異常な痕跡』を発見したのです》
「ま、まさか……」
《ええ。ライアンは、己に対して“攻撃魔法を使用しない”という強固な縛りを課し、ルシフェル様がその事実を丸ごとブラックボックスに隠蔽していたと推測されます》
「なっ、何だって……!?」
《ログを遡ると、ライアンは勇者になった時にほんの一度だけ、今回ハーデス戦で使用した極大魔法を試射しています。ですが、それ以降はどんなピンチに陥ろうとも、一切の攻撃魔法を使用した形跡がありませんでした》
《あの男は化け物です。怖すぎます。人間の思考や忍耐を完全に超越しています》
ノアから告げられたあまりの事実に、俺は背筋が凍り、小刻みに震えが止まらなかった。
普通、死の危険が迫れば誰だって最強の札を切りたくなる。
それなのにあいつは、絶対に攻撃魔法を使わないという異常な『縛り』を己に課し、幾多の死線を潜り抜けてきた。
もし初めて俺たちが対戦した時にそれを使われていれば、間違いなく俺たちは殺されていただろう。
だが、奴はライバルの俺を始末することより、切り札の温存を優先したのだ。
結果として、三大神でさえ、ライアンが強力な攻撃魔法を使える事実を把握していない。
あいつは信じられないほどの忍耐で、来るべき『三大神』との決戦の切り札として、その極大魔法をずっと隠し通していた。
いや、それだけではない。奴はノアのハッキングに気付いた上で、本来は三大神の目を欺くための『縛り』すら逆手に取った。
俺たちに「ライアンは強力な攻撃魔法が使えない」と誤認させるための罠――俺たち専用の『秘策』として利用しやがったのだ。
三大神すら出し抜こうとする底知れぬ執念と、凄まじい野望、そして機転を効かせて俺とNOAを見事にハメたその実力に深い恐怖を覚えた。
《ただ、悪い事ばかりではありません。ハッキングして掴んだ重要情報が幾つもあります》
《そろそろ落ちそうなので……涼さんにはサプライズもありますし、起きたら皆さんを集めて頂いて説明してもよろしいでしょうか?》
「よくわからないが、うまく頼む」
《涼さんの『前世への帰還』についてだけはどうしても話せないと思うので、そこだけ伏せて事実のみを公表しますね》
「頼む」
《わかりました。ではミーティング時に。……あっ、お仲間たちが来ましたよ》
「え!?」
「兄貴、こんなとこで何してんだ?」
不意に声をかけてきたのはカインだった。その横にはルークの姿もある。
「どうした、こんな時間に」
「ああ。ルークが『兄貴が落ち込んでて、身投げでもしそうで心配だ』って言うから、一緒に探そうぜってなったんだ」
「カインの鼻は犬より凄いんだよー」
「犬代わりにするな」
カインのツッコミに、思わず笑いがこぼれる。
「はははは!」
「俺は自殺なんかせん。まだまだ美味い物も食いたいし、エッチな事もしたいしな」
「「はははは!」」
俺は二人の優しさに触れ、落ち込んでいた気持ちが少し楽になった。少しだけ涙がでた。
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