冥王(ハーデス)戦⑫冥王散る!
《涼さん、大至急最適解を解析します!》
六十メートル程先の王室側から、大橋を見据えるようにわずかに宙へ浮き上がった冥王が、両腕を大きく天へと掲げる。
「我を謀った万死に値する罪、貴様らもろともこの大橋ごと塵に還してくれるわァッ!!」
《解析完了。現在、蠅王たちの敵対値は何故か完全に冥王へ向いており、我々に対しては協力的です》
「なにっ!?」
《なので急いで大鷲のサスケに騎乗し、脇目も振らずに敵陣を突っ切ってください》
《大橋の上をそのまま最短距離で滑空するルートを推奨します》
《同時にスタートした場合、ライアンより二・五秒早く冥王に到達可能です》
「わかった……サスケッ、来てくれ!!」
俺が名を叫ぶと同時に、後方で待機していた大鷲のサスケが地を滑るように俺の横へと駆け込んできた。
俺はコンマ一秒の遅れもなくサスケの背に飛び乗り、突撃の態勢を整えた。
しかし、冥王の頭上に、冥界をも飲み込むような超高密度の死の魔力塊が現れた。
『極大闇魔法【終焉の黒星】!!』
空間そのものを焼き焦がす絶望的な質量と熱量が放たれようとし、その場にいた全員が身構えた――まさにその瞬間だった。
『ジジイ、あんたの時代は今日で終わりだ』
『冥王様、傭兵契約は先程切れました。この冥王の指輪は危険手当として頂いておきますね』
ベルゼブブとネクロガルが冷酷な笑みを浮かべて呟く。
彼らが手を抜いていたのは、まさにこの時のためだった。
ネクロガルの持つ『七魔石の杖』が振り上げられると、無数の死霊の腕が、宙に浮く冥王の巨体へと殺到し、絡みつく。
同時にベルゼブブが放った数万にも及ぶ数の呪縛蟲が、その死霊の腕に群がり、鋼の鎖のように強固に硬質化させた。
極大魔法が解き放たれる寸前。冥界の理を捻じ曲げるような二人の幹部の合体拘束魔法によって、冥王の最恐魔法が完全に封じ込められ、四肢が拘束される。
冥王の守りがガラ空きになった、まさにその瞬間。すでにサスケの背で騎乗態勢を整えていた俺は絶叫した。
「サスケー!! 俺を信じてこのまま冥王に突っ込めェーーッ!!」
『御意』
サスケが俺の思いをまるで理解しているかのように、俺を乗せた巨体を爆速で冥王の元へと飛び進ませた。
息もできない程の凄まじいGでライアンを置き去りにしながら、サスケは大橋の上を規格外の速度で一直線に滑空していく。
サスケの爆速で作られる向かい風に耐えながら、俺は右手に握った草薙の剣の柄にありったけの力を込める。
俺とライアン、どちらが先に冥王の首を獲るか。一秒を争う極限の競り合い。
「もらったぜ、ライアン!」
空中で拘束され、もがいている冥王の巨大な影が目前に迫る。
だがその時、背後から猛スピードで追いすがってきた凄まじい魔力の奔流と共に、ライアンの咆哮が轟いた。
「極大聖魔法『天戒の白閃』ッ!!」
大気を震わせる声と共に放たれた、純白の光を纏った極太のレーザーのような一撃。
《え!?》
「何ぃー!?」
俺は驚愕した。ライアンの攻撃魔法を一度も見た事がなく、完全に使用できないと思い込んでいたからだ。そして、実はノアの計算上でさえも同様の答えだったのだ。
凄まじい熱波と共にサスケの翼をギリギリで掠め飛んだその閃光は、聖属性を弱点とする冥王の胸元へとダイレクトに直撃した。
「グァアアアアアッ!!??」
冥界全体を震わせるほどのハーデスの絶叫が響き渡る。
聖なる光に焼かれ、拘束していた死霊の腕や蟲ごと、冥王の分厚い肉体が大きく抉り取られる。
――だが。
「おのれ……おのれェェェッ! 我は、冥界の王ぞォォォッ!!」
胸を半分吹き飛ばされ、漆黒の血を撒き散らしながらも、戦闘力8000を誇るハーデスはまだ死んでいなかった。
真紅の両眼に狂気のような執念を宿し、残った魔力を暴走させて周囲の空間ごと自爆しようと、胸の奥で蠢くおぞましい魔力核を極限まで膨張させ始める。
ここで自爆されれば、大橋にいる味方まで巻き込まれる。
「まだだ、まだ間に合う……トドメは俺が刺すッ!!」
俺は猛スピードで滑空するサスケの背の上に立ち上がり、右手に握りしめた草薙の剣を横一文字に構えた。
「うおおおぉッ!!」
ありったけの力を込めてぶった斬ろうとした、その瞬間。
――ヒュンッ!!
後方から凄まじい風切り音が響き、何かが俺のミスリルアーマーの右わき腹を掠めていった。
それは神々しい光の尾を引く、ライアンの聖剣だった。
「なっ……!?」
驚愕する俺の目の前で、ライアンが後方から投擲した聖剣が、一直線にハーデスの残った胸元――剥き出しになっていた黒々とした『魔力核』へと深く突き刺さった。
「ガ、ハッ…………」
冥王が何かを言いかけるよりも早く。
聖剣の浄化の光が魔力核を完全に貫通し、冥王の巨体は内側から強烈な閃光を放ちながら、天地を揺るがすほどの轟音と共にド派手に爆散した。
戦場を支配していた喧騒が引き潮のように消えていく中、アナキンとルークが「戻れ」と短く命じ、それぞれの従魔を還した。
ライアンチームが歓喜に湧く中、サスケに乗って空振りをした俺は皆のいる橋へ戻った。
サスケに降ろしてもらった俺は抜け殻のようにその場にへたり込んだ。
絶対に負けてはならないライアンとの勝負に完敗してしまったのだ。
俺の気持ちをへし折ったのはそれだけでは無かった。
実は帳の目的はベルゼブブの知略によるゼウスとポセイドン対策だった。
二大神の加勢防止や裏切りの隠蔽工作、両王室の水晶による監視を阻むためのブラインドだった。
冥王が戦況を見失ったのも、その効果によるものである。
俺たちは、奴らが神々を欺くための盤上の駒に過ぎなかったのだ。
ベルゼブブが大声で叫ぶ。
「みなさーん。耳の穴をかっぽじってよく聞いてね。僕たちは新組織『LOGOS』を立ち上げた。今日から冥界はネクロガルが仕切る。ルシファーとそこの勇者たち、残る糞邪魔なゼウスとポセイドンを倒す事を期待しているよー」
ネクロガルの後ろでは、ケソカがニヤニヤしながらこちらを見ている。
「今日は特別に冥界の入口にとべる、王室横のこの空間移転装置を君達にも使わせてあげるよ。 ではお先にー」
といいながら三人は先に消えていった。
少しの間を置き、ライアンは毅然と言い放った。
「冥王は倒した!使えるものは使わせてもらおう」と言い、足元に落ちている聖剣と戦利品の冥王の兜を拾い上げた。
ライアンがそれらを手に取る時、俺と目が合うが、馬鹿にした様子は一切なく、逆にそれが俺には人生ワーストに入る屈辱だった。
彼はそのまま、残った七武神達とワープしていく。
「まっまあ兄貴、俺たちは誰も死ななかったし、結果的には良かったんじゃねーか?」
カインが俺を元気づけるように、ミスリルアーマーの肩を叩く。
自分の兄も無事だったので安心したのだろう。
リーダーとして、ここで私情を挟むわけにはいかない。
俺は無理やり口角を上げ、精一杯明るく振る舞った。
「カインの言う通りだ。冥王は死んだし、俺たちも帰ろう。てか、リリアがギルガメッシュと戦おうとしてる時はマジあせったぜー。そうだ、またあのクソ大臣にスイートルームに泊まらせてもらおうぜ。今夜はパーッといこう」
「おっ、いいな! 兄貴!」
とカインは笑い、仲間たちも装置へと向かう。
だが、俺を抜いた年長のルークとエリスだけは、俺が元気のない事と何かを隠してるという事に気付いた。
二人の視線が背中に刺さるのを感じながら、俺は一歩一歩、光の渦の中へと足を踏み入れた。
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