冥王(ハーデス)戦⑩呪いの藁人形
「便利屋の涼、見参!! 冥王ハーデスってのはどいつだーー!!」
大声で登場したインパクトは強者が蠢く戦場でも絶大だった。
「何ー!? 涼、テメー俺様の部下たちをまた殺ったのかー!? しょうがねえ、約束どおり俺様が直々に相手をしてやろう!」
(良かった。ライアンはまだ冥王どころじゃないようだ)
「ティーチ!お前は後だ! ライアン!今日は俺と殺しあうのか!?」
「私の邪魔をするなら、そうなるだろうな」
だがこのやりとりに目もくれず、全く意を介さない強者が二人だけいた。
宙に浮かび、睨みあうメフィストとイザークだ。
(えっ!? これから師匠とイザークが戦うの?)
(兄さんがいる!生きている)
(神龍がいる。アナキン、君も生きてたんだね)
(ギルガメッシュ!今日こそは)
(涼さんたちは私が絶対に守る)
(エリス、レイナ、自分を守る事だけ考えるのでござる)
(あれは小さな俺を拾ってくれたアナキンだ)
(ここに来ちゃ駄目だ、ルーク)
(やはり来てしまったか、カイン)
(リリア、拙者を殺しに来たでござるな?)
『ククク……あれがベルゼブブが先程言っていた便利屋の一味か。それでは手筈どおり行くとするか、【闇幕展開】!!』
オーバーロードが『七魔石の杖』を振ると、得体の知れない闇魔法が、はるか上空から放たれた。
高さ約三十メートル、全長百メートル以上の黒いドーム型の帳が、その場にいた全員を包み込むように降りた。
俺たちは勿論、ライアンを含め、それが一体何なのか全員意味が解らなかった。
ただ、ベルゼブブ、ケソカ、黒ひげとイザークだけがニヤニヤ笑っていた。
大橋からやや離れた上空約十メートル。
浮遊しているメフィストとイザークの周りに冥界一帯の物凄い魔力が集積していく。
大気が震え、激しい地鳴りと共に溶岩が波打ち、大橋の一部が崩れる地獄のような様相を呈していく。
限界迄高められ、溢れ漏れる桁違いの二人の魔力に、その場にいた全員がまるで金縛りにかかったように動けず、俺たちも立ち尽くした。
『ほう、凄いもんだな。ベルゼブブ』
『確かに人間のレベルを超えてるね』
『殺す、全員ぶっ殺す!』
二人の魔法勝負に全員の目が注がれた。
「イザーク、悪いが不詳の弟子として殺させて貰うよ!」
メフィストは咥えていたタバコをプッと口から細く飛ばし、強力な呪文の詠唱を開始した。
「ルーゼ・エリュ・グレア・スコルヴィア
汝、昏き魂にて我を浄めたまえ
おお氷の女王よ
至高なる者どもの強き連なりの中にて
我は死の氷嵐をその身に纏いし者……」
「メフィスト、これを覚えているかい?」
イザークはそう言いながら、古いお札が貼ってある藁人形を見せつける。
(あ、あれはまさか)
――十年程前。
「ねえ、師匠! この本見てー『呪いの藁人形』だって。これ凄くない?」
「あんた、なんでこんな禁呪ばっか興味持つの?」
「だって、超凄くない? 習得すればどんな強敵でもやっつけられるよ?」
「気持ち悪い本ばっか集めてないで、どうせ勉強するなら私の様な高機動飛翔魔術でも研究しなさいよ」
「はい……師匠」
――現在。
イザークが左手に持つ藁人形には、魔法都市ミステリオンに行った際にメフィストの部屋に忍び込み、拾ってきた彼女の毛髪が仕込まれていた。
「……今、新たなる契約により氷雪の力を束ねん!
【氷晶……」
「【命脈停止】!!」
イザークは藁人形の札に右手の五寸釘をぶっ刺した。
(!? うご……けない)
用済みの釘の刺さった人形を無造作に投げ捨てるイザーク。
「さらば、我が師よ! 【必中心貫光線】――!!」
突き出された右手人差し指から放出された直線の細い光線が、絶対防御であるはずの七重の結界を容易く貫通し、一瞬でメフィストの心臓をも貫いた。
皆が呆然とする中、レイナの悲痛な絶叫が冥界中に鳴り響く。
心臓を撃ち抜かれたメフィストは、豊満な胸の谷間を真っ赤な鮮血に無残に染められながら、まるで散りゆく花びらの様に、荒れ狂う溶岩にスローモーションのように落ちていく。
「あんたの杖は餞別として貰っとくぜ」
主を失った大魔導士の杖は見えざる魔力に引かれるように、イザークの右手へと吸い寄せられていった。
すかさず走り寄ったアナキンが両手を伸ばし、超能力でメフィストを受け止め、大橋の上へと静かに降ろす。
「リバイアサン!守れ!」
『わかった』
メフィストに駆け寄るライアン達と敵との間に、巨大な龍の身体を割り込ませるリバイアサン。
「お前たちも守れ!」
ルークの召喚獣たちも、黒ひげとイザークの前に分厚い壁となって立ちはだかった。
ラビアンが治癒魔法を試みようとするも、対メフィスト用に特別開発された禁呪に適合する物は無かった。
駆け寄った皆の前で、メフィストは血を吐きながら口を開いた。
「ごめんね、ライアン。やられちゃったよ。みんなも、今迄ありがとう」
「ルーク、ピンクの豚さん貯金箱にある金貨を全部ゲド爺に渡してくれ」
「レイナ、お前は……いい女に……なるんだよ。あの時……置いていってごめんね……」
そう最後のセリフを絞り出し、絶命した。
「イザーク!!」
怒りと悲しみで限界を超えたレイナの瞳が緋色に変わった。
「おや?追いついたのかレイナ。メフィストが勝てないのにお前が俺に勝てる訳ないだろ? あんま俺をなめんなよ!?」
涙と嗚咽が混じる絶叫に呼応するように、周囲の大気がドス黒く歪み、イザークに向けて致命の呪文が紡がれる。
冥界の属性を吸い込んで放つこの一撃は、レイナの成長も伴い、前回使用時の二倍の威力となった。
「逆巻け! 深淵の魔滓!
狂い咲け! 漆黒の雷!
この涙も、この怒りも、全て糧にしてやるっ!
天を呪い、地を喰らい、
世界を滅びへ叩き込む、無慈悲なる冥界の焔よ!
奴を肉片一つ残さず灰塵と化せ!!
【冥界黒炎・緋刻】―――!!」
凄まじい威力の黒い炎が爆音と共にイザークに襲い掛かった。
ベルゼブブが叫ぶ
『馬鹿!イザークよけろーー!!』
「ヒイッ!お頭!助けてー!!」
「間に合うかー!?」
黒ひげがなんと、両腕で何もない空を掴んだ。
イザークの目の前の風景がぐにゃりと不自然に歪むと、極大の黒炎が直撃寸前で理不尽に反れ、天井の帳に跳ね返り、冥王の王室屋根を木っ端微塵に吹っ飛ばして壁を黒い炎が燃やした。
だが仲間を二人も失い、激怒したライアンと仲間たちはそんな規格外の現象には目もくれず、イザークと黒ひげを確実に殺すべく動いていた。
この時、普段冷静沈着なライアンでも冥王の事はどうでもよくなっていた。
神龍リバイアサンが容赦なくイザークを黒ひげの足元へ叩き落とすと、ゼインはもう死角から跳んでいた。
レイバンの放った炎の矢の一本が、イザークの太ももに深々と命中する。
イザークが極大のダメージを受けながらも必死に叫ぶ。
「ググッ! ベルゼブブ、後は頼んだ!お頭!」
イザークがライアンに迫られた黒ひげの手を引くと、得体の知れない呪文と共に、二人の姿は掻き消えるようにその場から消え去った。




