冥王(ハーデス)戦⑨ビックブリッジの死闘
冥界の最深部。空気が焦げるような熱気と、濃密な瘴気が立ち込める空間で、激絶なる死闘が繰り広げられていた。
『ぐおおおおお……ッ!』
蠅の王ベルゼブブが、醜悪な顔を歪めて苦悶の声を上げる。
勇者ライアンが放った白銀の刃による斬撃。そこに込められた極大の聖属性魔力が、ベルゼブブの肉体を蝕んでいた。
傷口を塞ごうとするベルゼブブの超再生能力と、それを浄化し溶解させようとする聖なる光が激しくせめぎ合い、ジリジリと肉を焦がす音と想像を絶する痛みが蠅の王を苛み続けいた。
「今日こそは逃がさんぞ」
ライアンは剣を正眼に構え、立ち塞がるベルゼブブを正面から見据えて鋭い踏み込みを見せた。
そのすぐ横では、もう一つの激戦が火花を散らしている。
怒号を轟かせながら、二振りの名刀――『初代鬼徹』と『剛魔剣』を振るうのは、ギルガメッシュ。巨漢から放たれる圧倒的な暴力。
「チェストォォッ! ケソカ、貴様の力はそんなものでござるかァッ!!」
「俺も混ぜろギルガメッシュ!このピエロだけは必ず殺す!」
『二人がかりとは、汚ねーぞ!?』
「前回拙者にやっといて、よく言うわ!」
ギルガメッシュの剛剣の隙間を縫うように、アサシンのゼインが影から死角を突く。両手持ち三人の攻防はゼインの加勢でケソカは防戦一方のまま、通路の奥の方へとじりじりと押し込まれていった。
広間にいた残敵を蹴散らし、一本道の短い回廊を抜けた七武神たちの前に、突如として視界が開けた。
荒れ狂って流れる超高温の溶岩の上に架かる長大な橋――『冥界の大橋』が姿を現した。 およそ幅十メートル、奥行き百メートルに及ぶその橋の向こう側には、最終ボスである冥王の王室がすぐ目視できる距離にあった。
「ライアン!あそこに王室が見えるぞ!」
眼の利く弓使いレイバンが、鋭い声でライアンに報告する。
「あの中に……冥王がいるのか?」
ライアンが目を細め、禍々しい扉を睨みつけた。だが、その直後だった。
「!? ライアン、後ろをみて!」
最後尾でハイプリーストのラビアンが、悲痛な叫びを上げた。
彼女らが渡り始めた橋の入り口側――抜けてきたばかりの回廊の暗がりから、次々と赤黒い炎が灯り始める。
それは冥界の灯りなどではない。三つの頭を持つランクSの強魔獣、ヘル・ケルベロスたちが口から漏らす『地獄の業火』だった。その数、実に三十体。
前方にはベルゼブブ、ケソカ、オーバーロード。そして後方には三十体の魔獣。優勢かに見えたライアンたちは、完全に逃げ場のない挟み撃ちの陣形に閉じ込められていた。
『引っ掛かったな、貴様ら。我らをそう簡単にやれると思ったか?』
レイバンの放つ神速の弓攻撃を躱しながらオーバーロードが嘲笑う。
ベルゼブブの苦痛の絶叫も、ケソカの必死の防戦も、すべてが演技というわけではない。だが、七武神がこの逃げ場のない『冥界の大橋』まで押し込んだのは決して偶然ではなく、ベルゼブブとオーバーロードの知略による、計算し尽くされた誘導だったのだ。
幅十メートルの橋の中央。せめぎ合う聖気と瘴気がバチバチと火花を散らす中、後方を塞ぐケルベロスの群れのさらに奥から、突如として下卑た笑い声が響き渡った。
「ゼハハハハ! あれが噂の勇者と七武神か? ……いや、さっき一人おっ死んでたから、『六武神』か?」
回廊の闇から姿を現したのは、黒ひげことティーチだった。そしてその横には、冷徹な魔力を纏った男、イザークが静かに控えている。
「そのようですね、お頭」
イザークの言葉に、宙に浮遊していた大魔導士メフィストが、咥えていたタバコを強く噛み締めた。
「イザーク……お前が、何故そこにいる?」
「お師匠様、いずれわかることですよ。……いや、やっぱ無理か。貴方は今から、ここで死ぬのだから」
かつての弟子であるイザークは、挑発的に口角を上げた。
その言葉を受けたメフィストの端正な美貌が、怒りか、あるいは悲しみか、複雑な感情に支配されてわずかに歪む。細く吐き出された煙が、彼女の動揺を隠すように揺れた。
「メフィスト! 決着をつけてやるよ!」
イザークの身体がゆっくりと宙に浮き上がる。
彼はいつの間にかメフィストと同レベルの飛翔能力さえも身に着けていた。
「忘れていたよ。お前は昔から嫌なタイミングで嫌な事をする男だったわね」
二人の間に、空間が歪むほどの濃密な魔力が交錯していた。
『あれあれ? 挟撃になっちゃったねー。ライアン、そろそろルシフェルを呼ばないと手遅れになるよ?』
ベルゼブブが、満面の笑みでライアンを煽り立てる。
「なんだ、あのゴミ共は? 知り合いか?」
ライアンが、吐き捨てるように言った。その視線は、戦場のパワーバランスを冷静に測っている。
ライアンの意識が後方の脅威に釘付けになった、まさに絶好の隙。
ベルゼブブは背を向けた勇者の目を盗み、聖気に焼かれた斬られた羽の根元から、一匹の『蠅の分身』を密かに分離させていた。
飛び立った蠅は羽音を殺し、橋の向こうの王室へと一直線に飛び立つ。それもまた、彼らの冷酷なシナリオを完成させるための重要な一手だった。
『さてね、そんなことより……見てよライアン。僕の羽と腕が再生できないんだ。聖属性の嫌な攻撃だね』
事もなげに蠅を放った後、ベルゼブブは、溶解し続ける自らの傷口を眺めながらニヤニヤと笑った。
『治してくれるなら、あいつらが何者か教えてあげるよ?』
ライアンの唇が忌々しげに歪んだ。作戦が狂ったのだ。
本来なら、メフィストの極大魔法で後方のケルベロス群を一掃させるはずだった。
だが、メフィストに匹敵する魔力を持つイザークが現れ、対決姿勢を見せており、主力砲であるメフィストを、完全に封じ込められた形だ。
絶体絶命。誰もがそう思った瞬間――召喚士アナキンが、冷ややかに言い放った。
「……一つ、忘れてるぜ!? 俺の召喚獣は、まだ残っている!」
「何っ?」
ベルゼブブの顔に、初めて驚愕が走る。
「召喚! リバイアサン!!」
ゴゴゴゴォォォォッ!!
橋の下で荒れ狂う溶岩の河に描かれた巨大な魔法陣。そこから這い上がったのは、伝説の神龍リバイアサンだった。
以前なら水辺や海でしか呼び出せないはずの従魔だったが、アナキンは今回の冥王戦を想定してパワーアップさせていたのだ。
超高温の溶岩をその長大な巨体に纏い、リバイアサンが橋の入り口へとどう猛な牙を剥く
――咆哮一閃。
リバイアサンの顎から吐き出した極太の聖光弾が、後方を塞いでいた三十体のケルベロスを薙ぎ払った。
「おっと、あぶねえ!」
魔獣の後ろに控えていたティーチが、大仰に身を屈めて直撃を躱す。
冥界の瘴気を打ち消す聖なる閃光。完全に弱点を突かれたランクSの魔獣たちが、その身体を溶かしながら悲鳴を上げる間もなく次々と溶岩の渦へと叩き落されていく。
凄まじい爆炎と閃光が収まりかけた、まさにその時だった。
ケルベロスの群れが消し飛んだ回廊の奥から、聞き慣れた声が響き渡った。
「便利屋の涼、見参!! 冥王ってのはどいつだーー!!」
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