冥王(ハーデス)戦⑦オーバーロードの影
冥界の奥底へと続く、ただ一本の薄暗い大回廊。
先行するライアンたちが激しい戦闘音を響かせて奥へ進んでいくのとは対照的に、俺たち一行はあえてゆっくりと歩みを進めていた。
狙いは明白な『戦力温存』だ。ライアンの率いる七武神たちが魔獣を倒せば倒すほど、あちらの戦力は疲弊し、逆に俺たちは無傷で進める。天使AI『ノア』の助言はあと一回しか残っていない。これを最奥のハーデス戦まで温存できれば勝機はある。
だが――胸中には、僅かな違和感がざわめいていた。
(……遅い。前方の偵察に出たサスケが、一向に戻ってこない。またアクシデントか?)
その時だった。
一本道であるはずの彼らの『背後』から、重苦しい足音と車輪が軋むような音が近づいてきた。
「なっ……!?」
振り返った俺たちは、我が目を疑い息を呑んだ。
闇の中から姿を現したのは、最悪の第三勢力――黒ひげとイザーク。さらにその後ろには、得体の知れない巨漢の男と、無骨な魔導アーマーに身を包んだ男が、リアカーのような魔導コンテナを引いて追いついてきたのだ。
こんな冥界の深淵に、なぜ黒ひげがいるのか。
「ゼハハハ! こんな所で会うとは奇遇だな便利屋」
驚愕する俺たちを前に、黒ひげが不敵な笑い声を響かせる。
「報告が来てるぜ? 可愛い隊長達を随分殺ってくれたそうじゃねーかー?」
ねっとりとした殺気を伴う挑発に、一行は即座に武器を構えた。
「それはテメーラが俺たちを狙ってくるからだろ?」
「ゼハハ、違いねェ。……が、能力者を補充するのは大変なんだぜ?強い基本戦闘力と適正が……」
「お頭!」
イザークの鋭い制止の声が飛ぶ。
(なるほど。流石に無限に能力者が増やせるわけではないのか)
その言葉の裏にある「限界」を推察した直後、黒ひげはニヤリと嗤った。
「おっとまた喋り過ぎちまったな。仏の顔も三度迄というしな……そろそろ殺したいところだが、あいにく俺様は忙しいんだ」
一本道の大回廊。黒ひげたちが歩みを止めないため、俺たちも極度の緊張状態のまま、互いに並走するような形で奥へと進むことになった。
「仏って顔じゃねーだろ。ビビってんのか?」
血の気のあるカインが、黒ひげに向かって鼻で笑いながら挑発する。
「やめろカイン!」
俺は即座に制止した。こんなところで黒ひげの主力と激突すれば、温存しているノアの最後の一回を使わざるを得なくなる。ハーデス戦に向けて、無駄な消耗戦だけは絶対に避けたかった。
移動を続ける最中、前の広間から続く激しい戦闘の痕跡に目を細めたイザークが、因縁のあるレイナへ視線を向けて口を開いた。
「レイナ!少しは強くなれたのか?独特な魔法跡でわかるが、メフィストも来ているな」
「呼び捨てするんじゃねーよ」
互いにバチバチとした殺気を放ち、牽制し合う二人。
ピリついた空気の中、黒ひげが前を向いたまま言い放った。
「チンケな海賊ごっこはもう辞めだ。俺様の目標は、この世界の覇権を握る事だからな」
「何……?」
俺は目を見開いた。
(ノアの言っていた通りだ……)
やがて、張り詰めた並走の果てに、一行は次の大広間へと到着した。
そこはライアンたちが暴れ回った直後の凄惨な死体の山だった。ドラゴンゾンビや、アンデットキメラ、アンデットサイクロプスといった強力な魔獣の残骸が散乱している。
ふと、目の良いカインが高台に横たわる漆黒の鎧に包まれた一つの亡骸を発見し、息を呑んだ。
「なっ……まさか俺たちを助けた、あの化け物ですらやられたのか?」
それは以前、カインの窮地を救った圧倒的な強者――暗黒騎士の無残な躯だった。
(死体があるという事は、あのライアン達でさえ埋葬する余裕もないという事か……!?)
一方的な蹂躙の跡に反して残された強者の死に、カインの顔から血の気が引いていく。
「兄貴もいるのか? 兄貴は大丈夫なのか?」
最悪の想像が頭をよぎり、カインはあまりの焦燥感で、よくわからない汗を吹き出し全身が小刻みに震え始めた。
その時、広間奥の天井から、偵察に出ていたサスケが青ざめた顔でバサバサと舞い降りてきた。
『涼殿、この奥は本当に危険でござる。神レベルの戦いなのでこれ以上進んでは駄目でござる』
震える声で必死に警告するサスケを見て、黒ひげがニヤリと嗤う。
「おっ、そこの大鷲の方が涼より状況がよくわかってるようだぜ? 奥には今の俺でも危ない化け物しかいないぜ?」
(そんな事はわかってんだよ。それでも俺は冥王を倒す以外ないんだ)
俺は焦りと恐怖を押し殺し、決意を込めて黒ひげを鋭く睨み返した。
異様な広間で、黒ひげたちの足が止まる。
魔導アーマーの男がコンテナの扉を開け、中からドサドサと「ヘルハウンドの死体」を広間に引きずり下ろした。およそ五十体。
直後、広間の床に隠されていた巨大なアンデッド魔法陣が青白く発光し、ドラゴンゾンビやアンデットキメラたちの死骸から禍々しいオーラが噴出した。
実は、先ほどの戦闘で蠅王が死霊魔導王へ密かに耳打ちしていたのはこの事だった。
ベルゼブブは裏で黒ひげと同盟を結んでおり、彼らがヘルハウンドの死体をここまで運んでくる予定になっていたのだ。
高知能のオーバーロードがライアン達の猛攻に対して若干大人しかったのは、激戦の最中に密かにこの巨大な魔法陣を作成し、散乱する魔獣の死体へ『時限式死霊合体操術』の術式を仕込んでいたためである。
術式によってドロドロに融け合った肉と骨が、ヘルハウンドの死体と一つに融合していく。
「ウゲッ……気持ち悪っ……」
レイナが顔をしかめる。
肉塊が異常な速度で再構築され、なんと五十体もの巨大な『ヘル・ケルベロス』がその場に誕生した。
通常、俺たちに倒された一匹しか存在しないはずの冥界の番犬ケルベロス。だが、無数の死骸と融合させることで、より強力な『ヘル・ケルベロス』として作り出されたのだ。これはまさに、圧倒的な武力で突き進むライアン一行を意識した専用の超強魔獣であった。
それぞれが三つの凶悪な頭部を備え、牙の隙間からは灼熱の瘴気を吐き出している。並の魔獣とは次元が違う、純粋な殺戮の権化たる威圧感が広間を制圧した。
その圧倒的な暴力の群れを前に、黒ひげがニィッと邪悪な笑みを浮かべて振り返る。
「……お前ら、邪魔だな? やっぱここで殺しておくか」
「何!?」
「俺とイザークは忙しいから相手をしてやれないが。おい、二番隊隊長フドウ、三番隊隊長カイオウ。ヘル・ケルベロス二十体を使って、涼たちと遊んでろ」
「「了解」」
黒ひげが巨漢のフドウと、魔導アーマーを着たカイオウにそう命じると、隣のイザークが群れ全体に向かって冷酷に指示を飛ばした。
「お前たち二十体はコイツラを襲え、残り三十体は奥に向かえ!」
命令を受けた三十体のヘル・ケルベロスが、咆哮やよだれをたらしながら凄まじい勢いでライアンたちのいる奥の空間へ向かって疾走していく。
「涼!生き残れたらパワーアップした俺様が相手してやるぜ?ゼハハハ」
黒ひげとイザークもまた、続くように悠然と広間を後にした。
残されたのは、殺意を放つ二人の幹部と、牙を剥く二十体のヘル・ケルベロス。
(まずい! こいつらを瞬殺しないと冥王戦に間に合わない。 クソッ、まだノアは使えない!)
俺は焦燥を噛み殺し、目の前の敵を即座に殲滅すべく声を張り上げた。
「スカウター始動!」
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