酔いどれリリア
警備部長が用意してくれたスイートルームは豪華ではあったが、寝室は一つしかなかった。
「悪いなリリア、今日はむさくるしいカインと一緒の部屋だが我慢してくれ」
「ちょっと兄貴! むさくるしいってなんだよ!」
不満げに噛み付いてくるカインを軽く受け流すと、リリアは
「……まあ、あんたがそう言うなら仕方ないな。それにカインなら気にならないし」
と、少し頬を赤くしながらも納得した様子だった。
「いや、そこは男として少しは気にしてほしいんだけど……」
と項垂れるカインを放置しつつ、俺たちは荷物を下ろした。
豪華な食事を終えた後、たまには羽目を外してもいいかと思った俺は、前世の記憶から「負けたら飲む」という飲みゲームを二人に持ちかけた。
「なんだそれは。さては俺を酔い潰そうって魂胆か? いいだろう、受けて立つぞ」
リリアは持ち前の負けん気を発揮して挑んできたが、遊びのセオリーを知り尽くしている俺に勝てるはずはなかった。
結果、彼女とカインは罰ゲームとしてワインを次々と煽ることになった。
「あー……もうダメだ。涼、あんた強すぎる……」
「兄貴、なんかズルしてねーかー?」
「それが本当なら、アサシンのお前は見抜けなきゃ間抜けだろ」
「たしかに……」
すっかり出来上がり、とろんとした目のリリアは上機嫌でテラスへ向かった。この部屋には、要塞都市を一望できるプライベートな露天風呂が付いているのだ。
「先に使わせてもらうぞ。いいか、絶対に覗くんじゃないぞ?」
リリアはそう釘を刺して扉を閉めたが、酔いのせいか、はめ込み式の鍵は掛かっていない。
(……それは俺とカインにとってフリでしかないのじゃ。すまぬ、リリア)
俺はカインを伴って「リリア、もう出たかー?」と訳の解らない声をかけながら近づいていく。
(やり過ぎか?……やっぱやめとくか)
そう思った瞬間―― カインが勢いよく扉を開けた。
「あ……。涼、まだ入ってるって――」
湯気の向こう、夜風にさらされたリリアのしなやかな背中と、豊かな胸とヒップのラインが露わになる。これまでに何度か下着姿を目にしてスタイルの良さは知っていたつもりだったが、湯気をまとう一糸まとわぬ素肌は、至近距離で見つめると暴力的なまでに眩しかった。
「わっ、悪いリリア! 上がったと思ったんだ!」
俺は噓くさい謝罪の言葉を口にしつつも、その網膜に光景を隅々まで焼き付けた。
「ーーっ! 見・る・なっ、このバカ共!」
一瞬の硬直の後、全身を朱に染めたリリアが手桶を力一杯投げつけてきた。
「うおっ!」
カインは持ち前の運動神経で咄嗟に身を屈めてかわしたが、手桶はそのまま俺の額にヒットした。
「痛っーーー!! ……すまん、リリア! 悪気しかない」
小気味良い音と鈍い痛みに顔をしかめつつ、俺は慌てて扉を閉めた。
たがまあ、十分すぎるほど満足感を得たのだから、この程度の代償は安いものだ。
俺とカインのエロさ度合いはまるで本当の兄弟のようだった。
――深夜
俺は額をさすりつつ、「七時間睡眠」を死守するべく三つ並んだベッドの中央で意識を沈めていた。ちなみに左がリリア、右がカインの配置だ。
だが、しばらくすると左のベッドから聞こえるはずの寝息が、すぐ耳元で小さく、熱を帯びて響いている。
「涼……今日は一緒に寝てくれ。 俺は寂しいんだ……」
酒が回りきったリリアが、ふらふらと俺のベッドに潜り込んできたのだ。
(酒を飲ませ過ぎたか……)
「おいリリア、お前のベッドは左だろ。戻れ」
そう窘めるが、彼女は男勝りな口調とは裏腹に、珍しくひどく無防備な甘えを滲ませ、とろんとした上目遣いで俺の胸元に潜り込んでくる。
右のベッドでは酔ったカインが泥のように眠っている。
薄い寝巻き越しに伝わる、露天風呂で温まった肌の熱。そして何より、風呂上がりの彼女からは、石鹸の香りに女らしい甘さが混ざった、ひどく良い匂いがした。
頭の中で、男としての本能と、大人としての理性が激しくぶつかり合う。
両親に先立たれ、兄妹もいないリリアは、これまで一人孤独な敵討ちに生きてきたのを聞いていた。
酔った勢いにつけ込むのは俺の美学にも反する。
激しい葛藤の末、俺は『腕枕をして添い寝するだけ』と自分に厳格なルールを課した。
俺は腕の中に重みを受け入れ、酔いつぶれたリリアと身体を寄せ合ったまま寝てしまった。
――翌朝
静寂を破ったのは、先に目を覚ましたカインのすっとんきょうな大声だった。
「あーーーっ! 兄貴たち! なに一緒に寝てんだ!?」
その声に驚き、俺とリリアは弾かれたように目を覚ました。
状況を把握してきたリリアが、顔を真っ赤にして理不尽な責任転嫁をしてくる。
「えっ!? 涼! さてはお前、酔いつぶれた俺のベッドに潜りこんできたなー!?」
「えっ!? えー?」
俺があまりの理不尽さに間抜けな声を漏らしていると、カインがニヤニヤしながらまくし立ててきた。
「言ってやろー、言ってやろー。 エリスとレイナに言ってやろー」
「ハイハイ、俺が悪うござんした。もうどうにでもしてくれ」
朝から騒がしい弟分に二日酔いの俺は言い返す気力もなく、面倒くさそうな態度でため息をついた。
すると、リリアがカインの死角になる位置で、俺に向けてこっそりと片手のひらを向け、申し訳なさそうに謝る仕草を見せてきた。
(こいつ、ちゃんと覚えてんじゃねーか)
あの理不尽な態度は、照れ隠しとカインへの誤魔化しだったのだ。
そう思うと呆れる気持ちと同時に、とても可愛く感じた。
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