エリスとレイナ
―――宗教都市リュグレイン
厳かな鐘の音が響くその街へ、エリスはサスケと共に帰省していた。
重厚な扉を開け、サスケが深々と頭を下げる。
「大神官様、ただいまでござる」
「お父様、お母様。ただいま戻りました」
「どうしたエリス。連絡もろくによこさず、突然帰省するなんて」
驚いた様子の父に対し、エリスはまっすぐにその目を見つめ返した。
「お父様。 私……もう少し強くなりたいの」
その言葉に、隣に立つ母がふふっと優しく微笑んで口を挟んだ。
「涼くんでしょ?」
「……うん」
図星を突かれたエリスは、少しだけ頬を染めて小さく頷いた。娘の決意を感じ取った父は、一度だけ深く頷くと、奥の部屋から一際目を引く意匠を凝らした重厚な装飾箱を恭しく持ってきた。
「……これを授ける」
「えっ?」
「弟の家の隠し部屋に、これがあったんだ。手紙にお前へのプレゼントだと書いてあった。エリスが二十歳になった時にあげようと、ずっと保存していたものだそうだ。
――『聖天冠』」
「お父様……叔父様……」
エリスはその輝く冠を両手で受け取り、思わず涙ぐんだ。そんな彼女の肩を、母が優しく叩く。
「さあ、ついてきなさい」
母に連れられてやってきたのは、神殿内にある『イメージトレーニングルーム』だった。
「エリス。あなたの苦手なものは『呪の解除』と『範囲魔法』です。まずは、この二冊の古代書を読みなさい。これはベゼル叔父様が翻訳したものです」
母は分厚い本を机に置き、エリスの持つ杖と、先ほど受け取った冠を指差した。
「最初は、その杖と冠の力を借りてトレーニングなさい。そうして徐々に、補助がなくても単独で展開できるイメージが沸けば、実戦でも必ず使えるようになるでしょう」
「はい、お母様……!」
静かな神殿の奥で、想い人の隣に胸を張って立つための、彼女の新たな修練が始まった。
―――魔法都市ミスティリオン
中心の塔に向かってレイナが歩いていると、突如として背後から声が響いた。
「レイナ、お前もあれを狙ってきたのか?」
振り返ると、そこにはレイナの兄弟子、イザーク・メルキオールが立っていた。
「イザーク……」
「同じ釜の飯を食べた仲とはいえ、目的が一緒。それに元より反目し合っていたお前を、今さら生かしておく理由があるか?」
「何っ?」
イザークの足元の影が、どろりと不気味に揺れ動く。
「灼熱の深淵に眠る炎精よ
――契約なき我が命に従え
顕現せよ、サラマンダー!」
詠唱と共に、五体の炎精がレイナを包囲するように展開して飛んだ。一帯の温度が急上昇し、石畳が陽炎を放つ。
通常、術者が召喚できるのは一体が限界だが、イザークは五体同時に制御した。
「俺はお前の兄弟子だ。お前の弱点は知っている」
レイナにとって、同属性の複数敵を捌くのは最も苦手とする戦いだった。
「きゃあ!」
その時。
「【絶体零度凍結】ーー!!」
絶対零度の氷魔法が、猛り狂うサラマンダーたちを一瞬で凍てつかせ、爆散させた。
上空を見上げれば、夜の月を背にメフィストが悠然と浮遊していた。月光に縁取られたその美貌は残酷なまでに美しく、指先の煙草から流れる紫煙が夜風に溶けていく。
「メフィストか……」
「呼び捨てとは偉くなったもんだねえ、イザーク。今、ここで私と戦う(やる)かい?」
メフィストの放つ重圧に、イザークは苦々しく顔を歪める。
「くっ……今日の所は引いておこう。あんたとやりあうには、まだ力が足りないからな」
あきらめて背を向け、去っていくイザーク。その姿を見送ってから、レイナは師を見上げた。
「師匠、生きてたんだね。ありがとう」
「ゼウスに洗脳されていたここの国王を、ライアンが解除してくれたのさ」
メフィストは地上へ降り立つと、教え子の顔をじっと見つめた。
「レイナ。あんたの弱点は、属性が炎と雷の二種類しかないことと、範囲魔法が苦手な所だろ? 克服しにここへ来たんだろうが、私はこれからライアンたちと合流しなくちゃならないんだ」
ふと、メフィストの視線がレイナの手元で止まる。
「ところであんた、私より良い杖を持ってるね?」
「……涼から貰ったんだ」
「あの便利屋だね。良い男だ。……好きなのかい?」
「……うん」
メフィストは小さく笑うと、手にした『星喰の魔導冠』をレイナの頭に乱暴に乗せた。
「私のお古だけどあげるよ。この都市の最下層に、これに適合する『演算結晶』が眠っている。イザークもこれを狙っていたんだろう。それを組み込めば、あんたの不器用な魔法もマシになるはずさ」
「師匠……?」
「これからは私とお前が、反目することになると思う。お前はもう大人だ。例え私と戦(やり合)うことになっても、遠慮せず自分の信じた道を行きなさい。
……私がお前を置いていった本当の理由は……いや、なんでもないよ」
メフィストはそのまま、振り返らずに夜空へと消えた。
レイナは泣いていた。
敵になる予感は、ずっと前からしていたのだ。
深層心理で、この都市へ来た本当の目的は、その真実を確認したかったからなのかもしれない。
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