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わらしべ長者作戦

 ノアの通信が途切れた瞬間、市場の喧騒が一気に耳に戻ってきた。

 

 (ドライバー一本を、金貨一枚にか……。相棒ノアも、なかなか無茶なことを言ってくれるぜ)


 俺は苦笑いしながら、腰のツールベルトから一本のプラスドライバーを抜き取った。

 長年使い込み、俺の手に馴染んだ相棒。

 だが、この世界では正体不明の『魔法の杖』に見えるかもしれない。


 ノアに指定された露店を眺めてみる。

 干し肉、干し魚、見たこともない色の干し芋らしきもの。

 そして――俺の目は、ある一点で止まった。


 それは、店の片隅で放置された『壊れたはかり』だった。

 台座の軸が歪んでいるのか、何も載せていないのに片方の皿が傾いている。


 (イケるか……?)


 店主は丸々と太った中年の男で、顔中の汗を汚れた布で拭いながら、不機嫌そうに通行人へ叫んでいた。

 「安いよ安いよ! 銅貨三枚だ! これ以上は負けられねぇぞ!」

 

 「オッサン、その秤。壊れてるな」


 俺の声に、店主は「あぁん?」と眉間にしわを寄せてこちらを睨んだ。

 「は? 壊れちゃいねぇよ。ちょっと癖があるだけだ」


 「いや、完全にイカれてる。正確な商売ができてない証拠だ」

 俺はひょいと秤を持ち上げ、その裏側を覗き込んだ。

 やはり、予想通りだ。軸受けの金具が衝撃で曲がり、支点がズレている。


「ここだ。芯がズレてるから、何を載せても誤差が出る。客に損をさせてるか、あんたが損をしてるかのどちらかだ」


 男が目を細め、怪訝そうに俺の手元を見た。

 「……直せるのか?」


 「工具があればな」

 俺は手に持ったドライバーを、指先で軽く回してみせる。

 「これで十分だ」


 男は少し考え込み、不敵に鼻を鳴らした。

 「ふん。口先だけじゃねぇなら、やってみな。直せたら工賃として銀貨一枚やる」


 (まあ、まずはそんなもんか。実績作りだ)


 俺は店先の荷箱を椅子代わりに腰を下ろし、作業を開始した。

 周囲の買い物客たちが「何事だ?」と足を止め、視線が集まる。


 慎重に、かつ大胆に。ドライバーの先端を噛み合わせ、歪んだ金具をテコの原理で少しずつ戻していく。

 一箇所に負荷をかけすぎないよう、力を分散させる。これは便利屋としての基本だ。


 集中すること五分。

 最後にネジ穴を舐めさせないよう、渾身の力で締め込み、ガタつきがないことを確認した。


 皿を置く。

 男が半信半疑のまま、重り代わりの干し肉を載せた。

 針はピタリと、目盛りの真ん中で止まる。


「正確だ……。寸分狂いねぇ」


 一瞬の静寂の後、パチパチパチと周囲から拍手が沸き起こった。


 「ここで商売するなら、秤は命だろ? 適当な道具を使ってちゃ、信用も逃げていくぜ」


 男は食い入るように、俺が持っている銀色のドライバーを見つめた。

 「……なぁ。その、魔法の杖みたいな道具。俺に売れ」


 (食いついた)


 「さっきの工賃込みで、金貨一枚だ」


 周囲が「金貨一枚!?」とざわつく。

 この世界での金貨一枚は、一般家庭が一週間暮らせるほどの価値がある。

 男は乾いた笑い声を上げた。

 「おいおい、高すぎるだろ! たかが鉄の棒一本に!」


 俺は秤を指で軽く叩き、首を振った。

 「また壊れるぞ、あんたの使い方は荒い。これを持っていれば、次からは自分で調整できる。先行投資だと思えば安いもんだろ?」


 男は悩み、腕を組む。

 「……銀貨五枚。これが限界だ」


 (もうちょい、押せるな)


 その時、そばで見ていた整った顔立ちの青年が、楽しそうに声を上げた。


 「今後も長く商売を続けるつもりなら、安い買い物だと思うけどねぇ」


 店主は舌打ちし、懐から一枚の硬貨を取り出した。

「……チッ、わかったよ。持ってけドロボー! ほら、金貨一枚だ!」


 (よし……! 本当に金貨一枚に化けやがった)


 ドライバーを渡し、約束の金貨を受け取る。

 ずっしりと重い。本物の金の感触だ。


 「毎度あり。わらしべ第一段階、大成功だな」


 次なるターゲットを探して道を進もうとした、その時だ。

 

 「面白いことをするな、あんた」


 頭上、露店の屋根の上から声が降ってきた。

 振り向くと、そこには黒装束に身を包んだフードの男がいた。


 (あれ? さっきのイケメン君か)


 「新参者の割には大した交渉力だ。見ていて飽きなかったよ」


 男は屋根から軽やかに舞い降りる。着地音は、驚くほどに皆無だった。

 近くで見ると、年齢は俺より少し若いくらいか。

 細身だが、全身にバネのような筋肉が詰まっているのが分かる。


 「俺はカイン。『情報屋』だ」


 (なるほど、シーフ系ってわけか)


 「便利屋の涼だ。さっきは助かったよ」


 「便利屋? 初めて聞く職業だな。……ま、いいさ。この街は盗賊が多いから、その金貨を奪われないように気を付けな」

 「フッ、まあ、そんな俺も盗賊上がりだがな!」


 (……自分で言っちゃうのかよ。全然かっこよくねーな)


 「しばらくこの街にいるんだろ? 俺と仲良くしておいて損はねーぜ」


 (普通、自分から言うか? 笑)


 「カイン、とりあえず今後もよろしくな」


 「ああ、またそのうち会おう。……じゃあな!」

 男は言うや否や、風のように雑踏の中へ消えていった。


 「忙しい奴だな……」


 俺は再び街を見渡す。

 便利屋の視点で見れば、この街は宝の山だった。


 車軸の折れた荷車。

 破れて使い物にならない帆布。

 建付けが悪く、半開きになった扉の蝶番。


 (……仕事だらけじゃん。これなら食いっぱぐれることはなさそうだ)


 そこからの俺の動きは早かった。


 【わらしべ第二弾】

 荷車の主と交渉し、金貨一枚を元手に修理材料を購入。手際よく車軸を挿げ替え、お礼としてガレージで眠っていた【鉄の盾】を譲り受ける。


 【わらしべ第三弾】

 重たそうに壊れた【鋼の盾】を引きずっていたホビット族の戦士に声をかける。

 修理済みの鉄の盾は、彼にとって救いだった。快く鋼の盾との交換が成立する。


 【わらしべ第四弾】

 手に入れた鋼の盾を、ベンジン代わりに酒で磨き上げ、細工用のペンチで装飾を施す。

 中古防具屋に持ち込むと当初は金貨五枚と言われたが、「他店なら希少金属としてもっと高く買うと言われた」とハッタリをかまし、渋々六枚を吐き出させた。


 【わらしべ第五弾】

 向かいの武器屋へ走り、金貨六枚でセール中だった【鋼の剣】を購入。


 【わらしべ最終段階】

 鋼シリーズで身を固めた、見るからにお金持ちそうな『セレブ戦士』をターゲットにする。

 「鋼装備を一式で揃えると、オシャレさプラスのセット効果で魔物にも若干効き目があるらしい」といういかにもな謎理論で口説き落とし、なんと金貨十枚で売り抜けることに成功した。


 手元の財布には、黄金に輝く十枚の硬貨。


 (魚釣り以来の達成感!!)


 「ヤッター! ノア、俺やったぞ!」


 俺は心の中でガッツポーズをした。


 (……いや涼、落ち着け、残りの助言を使うにはまだ早い。自力でいけるところまでいこう)


 (とりあえず、腹も減ったし宿でも探すか)


 鼻歌混じりに、次に稼ぐ方法を考えながら角を曲がった。


 「キャーーー!」


 突然、目の前に飛び出してきた人影。

 回避する間もなく、俺の体はその影と正面から衝突した。


 ――ぼふんっ!


 衝撃と共に、俺の顔は何か、ものすごく柔らかくて暖かいものに埋まった。


(……!?)


 鼻孔をくすぐる、石鹸のような清潔で甘い香り。

 そして腕の中に伝わる、明らかに男にはない弾力と柔らかな曲線。


(この感触……まさか、ひょっとして……!)

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