癒やし系眼鏡僧侶現る
「キャーーー!!」
――ぼふんっ!
回避する間もなかった。曲がり角から飛び出してきた女の子とまともに衝突し、俺たちはそのまま石畳の上へと転がった。
ドタタッ!
むにっ。
柔らかく、温かい感触が俺の顔面を包み込む。
それはまるで、巨大な生マシュマロに顔を埋めたような弾力だった。
「痛っ……あれ? 痛くない?」
恐る恐る顔を上げると、そこには至近距離で上目使いの、超絶美少女のアップがあった。
緩くウェーブした亜麻色の髪に、少し垂れ気味の大きな瞳。
その瞳が、今は驚きと羞恥で潤んでいる。
(おお~……まさか異世界で、出会い頭の衝突プラス、ラッキーハプニングのS級コンボが来るとは)
「ああっ、ごめんなさい! 私、急いでいたもので……!」
慌てて身を離した彼女は、豊満な胸元を隠すようにしながら深々と頭を下げた。
その拍子に、ゆったりとした僧侶服の隙間から、目の毒すぎるほどの谷間が覗く。
「あれ……? 眼鏡、眼鏡はどこ……?」
彼女は視界が定まらないのか、手探りで地面を探し始めた。
俺の足元に、縁が折れた眼鏡が落ちていた。
「ああ、これ。落ちてたけど、少し壊れちゃったみたいだね。良かったら俺が――」
俺は腰のベルトからビニールテープを取り出し、応急処置をしてあげようと手を伸ばした。
だが、その手を遮るように、いかつい鎧を着た付き人らしき男が割り込んできた。
「コラコラ! この方をどなたと心得る。不届き者が、気安く触れるな!」
男は俺の手から眼鏡とテープをひったくるように奪い取ると、雑な手つきでツルを繋ぎ合わせ、彼女の顔に押し付けた。
「さあさあお嬢様、もう行きましょう。出発の時間はとうに過ぎておりますぞ」
「あ、はい……。本当にごめんなさい、見知らぬお方。出発が迫っているもので、失礼いたします!」
「いっいや、こちらこそ……お気をつけて」
「ほら、邪魔だ。どいたどいた!」
男は俺を追い払うように手を振り、彼女の手を引いて足早に去っていった。
雑踏の向こうへ消えていく、あの大きな眼鏡と、豊かな曲線美。
俺の頬には、まだ微かにさっきの柔らかい感触が残っていた。
(……好き……)
俺は呆然と立ち尽くし、無意識にスマホを取り出していた。
「ノア、読み取り忘れた。さっきの娘の素性を教えてくれ」
《……涼さん。二つ目の貴重なアドバイスを、そんな個人的な欲求のために使うつもりですか?》
(あれ……? おかしいな。ノアの返答が、いつもと違うぞ?)
「ああ、いいから頼む。気になるんだ」
《……二十二歳。僧侶。ベルクレア大聖堂の所属ですが、もうすぐこの街を離れます。今から追いかけても、もう間に合わないでしょう。詳しいことは、先ほどのシーフ……カインにでも聞けば分かるはずです。それでは、また》
(何その雑なアドバイス……。やっぱり何かおかしい)
(しかし、今は宿を探さなきゃな。ノアの言う通り、アドバイスを温存しておくべきだったか……)
俺は未練を断ち切るように頭を振り、一軒の宿屋を見つけた。
入り口の看板には『一泊・金貨一枚』の文字。なかなかの高級宿だ。
俺はフロントで作業をしている、マネージャーらしき初老の男に声をかけた。
「ロビーの柱時計、壊れてるみたいですね。少しずつ遅れてるでしょう。俺が直しますから、なんとか半額で泊めてくれませんか?」
「おや、お兄さん。若い割には交渉上手だねぇ。ちょうど職人を呼ぼうか困っていたところなんだ。直せたら銀貨五枚で泊めてあげるよ」
「ありがとうございます! 早速、修理作業に入ります!」
俺は手慣れた手つきで柱時計の蓋を開け、内部の歯車に詰まった埃を取り除き、わずかな歪みを調整していく。
その作業中、マネージャーが周囲を気にしながらこっそりと耳打ちしてきた。
「ここだけの話、最近の商業バザーの影響で観光客が激増しててね。インバウンド需要ってやつで、うちも値上げはしたが、ぼったくり宿が急増してるんだ。特にお兄さんみたいな方は気をつけなよ」
(この世界にも、ちゃんと優しい人はいるんだな……)
「直りました!」
「ほう、どれどれ……。うん、正確な音だ。助かったよ、ありがとね。これ、二階の奥の部屋の鍵だ。ゆっくり休んでいきな」
「こちらこそ、ありがとうございます」
案内された部屋は、想像通り簡素なものだった。
清潔なベッドと机があるだけで、当然ながらテレビはない。
一階の食堂で、香草の効いた温かいシチューで腹を満たし、部屋のベッドに横になる。
(……そういえば、さっきのシチューの肉、妙に弾力があったけど何の肉だったんだろう)
前日の野原で寝るのと比べれば、ベッドは天国のような柔らかさだった。
「明日はノアにアドバイスを貰って、本格的な冒険の準備だな……」
(昼間のあの子……また、どこかで会えないかな)
異世界の夜は更けていく。俺は心地よい疲れに身を任せ、眠りについた。




