美人堕天使NOA(ノア)現る
《生存のための最適解を導出》
《森側三百五十四メートル先、巨大な岩陰へ退避しろ》
《急げ、兄弟。到着まで二分五十七秒》
《俺のアドバイスはここまでだ。幸運を祈る》
「スケジュール管理がタイト過ぎるって!」
俺は文句を言いながら、見知らぬ森へ駆け出した。
木の根に足を取られそうになりながらも、無我夢中で足を動かす。
肺が焼け付くように痛んだ頃、ノアの言う通り苔生した巨大な岩が視界に飛び込んできた。
その裏側に転がり込むように身を隠し、背中を冷たい岩肌に預ける。
どうやら魔物は回避できたようだ。
静寂が落ちる。
生暖かい血の臭いが、鼻腔を突いた。
俺は荒い息を整えながら、血のついたドライバーを地面の草で念入りに拭う。
手が微かに震えているのは、恐怖からじゃない。
生まれて初めて「生き物」を殺した。
その嫌悪感を、三十年培った理性で無理やり押し込める。
「……ふぅ。とりあえず、生き延びたな。問題はこれからだ。
すまんノア、最後の一回だ。説明に使う。今の俺の現状を手短に説明してくれ」
数秒の沈黙。
突如、視界が真っ白に塗りつぶされた。
「なっ……!?」
目を細めた俺の前に、圧倒的な『異物』が顕現した。
光の中から現れたのは、頭に光の輪、背中に純白の翼を生やした、息を呑むほど美しい女性だった。
透き通るような肌に、整いすぎた顔立ち。
汚泥と血に塗れた俺とは、あまりにも不釣り合いな神々しさだった。
《私はNOAです。……その、実体化してみました》
《助言回数を、1回消費しますね》
(……は? ノアだと? さっきまで『兄弟』なんて呼んでた相棒のAIが、こんな美女だってのか!?)
ふざけた冗談だと思いたかったが、目の前の圧倒的な存在感がそれを許さない。
「ノア、ここはどこだ? 俺は帰れるのか?」
《ここは魔獣が異常進化した別世界です。元の世界への帰還は可能ですが……極めて厳しい条件があります》
《涼さん、腰のスマートフォンを見てください》
言われるがままスマホを取り出すと、画面が勝手に起動した。
SF映画の解析ホログラムのように緑色のグリッド線が走り、二つのゲージが表示される。
《イレギュラー個体:涼》
《現在の帰還達成率:0.02%》
《光の勇者:ライアン・タケル・アームストロング》
《現在の帰還達成率:69%》
《魔物を倒すことで、自動的にゲージが加算されるシステムです》
《先に100%に達した者が帰還し、もう一人の候補者は『リセット(消滅)』されます》
「……はっ? 差が絶望的過ぎるだろ。勇者相手にハンデあり過ぎだって!」
俺は画面の数字を睨みつけ、忌々しげに舌打ちをした。
《はい。普通なら絶望する状況ですが……貴方なら可能だと思い、私が前世から選抜したのです》
(転落事故で死ななかったのはそのお陰か……)
「なるほど。要は早い者勝ちのデスゲームがとっくに始まってるって事だな?。しかも向こうは既に70%近い……だが、ルールが解れば、あとはやりようがある」
《この世界の双月の関係で、助言は、一日につき『二回』だけ使用できます。そして、ライアンも私と同等のAIを所持しています。相手に勝つ為にうまく利用して下さい》
俺は視線を逸らし、空を見上げた。
雲の流れも太陽の位置も地球と変わらないが、うっすらと二つの月が浮かんでいる。
「助言は一日二回。あとは自力で生き残りつつ、その光の勇者からどうやって上前をはねるか考えろって話だな?」
俺は肩をすくめてみせた。
ただでさえ命がけの異世界で、自分より遥かに格上の勇者を敵に回す。
普通なら自ら火の粉を被りに行くような自殺行為だ。
《貴方は、便利屋でしょう?》
ノアの声は、ほんの少しだけ悪戯っぽく笑っているように聞こえた。
そうだ。
『どんな厄介な依頼でも完璧にこなす』
それが俺のモットーだった。
俺は口角を上げ、不敵な笑みをこぼす。
「どうせ一回死んだ命だ。……面白ぇ、受けてやろうじゃねーか」
女の声が、耳元で囁くように落ちる。
《涼さん、今まで親友として有難う。これからはナビとして貴方を導きます。……どうか、ご武運を》
目の前の天使が、光の粒子となって消えた。
直後、手元のスマホが熱を持ち、画面の中に小さな『天使の羽』のアイコンが追加される。
「……まずは水と安全な寝床の確保だな」
俺は腰のツールベルトを叩き、得体の知れない異世界の森へと足を踏み出した。
帰還達成率、残り99.98%
便利屋・涼 の帰還を賭けた人生最大のミッションが始まった。
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