同じ雨、違う距離
期末テスト最終日。
最後のチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気に緩んだ。
「終わった……」
「お疲れ様」
成瀬の声に、適当に相槌を打ちながら、俺は机に突っ伏した。
とにかく解放感がすごい。しばらく何もしたくない。
「帰るか」
軽く頷き、鞄を肩にかけて教室を出る。
昇降口へ向かう途中、窓の外がやけに暗いことに気づいた。そのことに成瀬も気づいたようだった。
「なんか雨降りそうだな」
外に出た瞬間、ぽつ……と頬に冷たいものが落ちる。
次の瞬間、ザーッと音を立てて雨が強くなる。
「うおっ……マジか」
「陽希、傘持ってる?」
隣から声が飛んでくる。
「折りたたみならあるけど……」
「俺、忘れたからさ。悪いけど入れてくれ」
当然みたいに言われて、言葉に詰まる。
今の俺が、断れるわけねぇだろ。
「ほら」
カバンから折りたたみ傘を広げてから少しだけ持ち上げた。
成瀬が何の遠慮もなく中に入ってきた。
距離が、一気に近づく。
肩が触れた。近い。
前も、こんなことがあった。
雨の中、無理やり引き込まれて。
何も言えないまま、一緒に歩いた。
でも……あの時とは、全然違う。今は、全部を意識してしまうから。
歩幅を合わせるたびに、肩がかすかにぶつかる。
傘を持つ手の位置も、やけに気になる。
「もっと寄れ。濡れるだろ」
「充分近いだろ……」
そう言いながら、少しだけ距離を詰める自分がいる。
心臓が、うるさい。
やがて雨は本降りになっていった。
折りたたみ傘では、まともに歩ける量じゃなくなって、近くの屋根の下に駆け込んだ。
「やっぱ無理だな」
「だな」
少し息を整えながら立ち尽くしていると、
「陽希」
不意に声をかけられる。
「何だ……?」
「顔、濡れてる」
言われた瞬間、ハンカチで頬に触れられた。
ビクッと肩が跳ねたが、俺はそのまま大人しく拭かれた。
「ちょっ……何してんだよ」
「何って、拭いてるだけだろ」
当たり前みたいな顔で言う。
近い。距離が近い。
傘の中よりは離れているはずの距離なのに。
ずっと心臓がうるさい。
「なぁ陽希、赤くね?」
次の瞬間、額に手が当てられた。
「熱あるんじゃねぇの」
「や、やめろ……!」
反射的に手を払いのける。
でも、余計に顔が熱くなってるのが自分でも分かった。
「風邪かもしれねぇのにか?」
真面目な声でそう言われて、言葉に詰まる。
違う。風邪なんかじゃねぇよ。
原因は、どう考えてもお前だろ。
そう思っていると、不意に成瀬が、
「傘、ありがとな」
一瞬、言葉の意味を理解するのが遅れる。
「忘れる前に言っとこうと思って」
律儀な奴だったのか。
俺は、あの時言えなかったのに。
まだ引きずって、気にしてたのに。
なんでそんな簡単に言えるんだよ。
さっきのお礼に対して、何か返さなきゃいけないのに、何も出てこない。
「別に」
結局、そんな一言しか出なかった。
やっぱり俺は、
素直になれない。




