月の塔とムーンヘポリア
◇
『またね、ばいばい!』
「ありがとう」
魔獣たちに別れを告げ、道案内に感謝する。
メラルの先輩やリーダーは倒すことを優先にしていたので驚いていた。けれど「素晴らしい魔女さんだから出来るのだ」という結論に至ったみたい。
全部ミーミルのおかげなんだけど……。
『チユ、森を抜けたー』
ミーミルの手綱を握りながら私は息を飲んだ。
えっ、うそ、天まで届く梯子?
「あれが『月の塔』っス!」
「すっ、すごい」
思わず絶句する。想像していたよりずっと高い塔が見えた。天に向かって立つ塔の頂上は霞み、雲に届きそう。
「青いのは空の色ッス。鏡みたいなタイルが表面に貼ってあるみたいなんスよ」
「きれい……!」
塔の表面は滑らかで、空と太陽の光を撥ね返していた。想像していた塔とは印象がまるで違う。真っすぐ歪みなく空へと向かう塔は、いったい何百メルの高さがあるのだろう。
「壮観な眺めだろう?」
ベイルカルダさんは誇らしげに手綱を操りながらいった。
「はっ、はい」
感動しすぎて気の利いたことも言えない自分がもどかしい。本当は「ヤバイヤバイ、超すごいです!」なんてアプローラみたいに笑顔でピョンピョン跳ねたいくらいなのに。私は美しい塔を見てただ圧倒されていた。
王都にも塔はあるけれどそれは、レンガを積んで石灰を練ったセメントで固めたもの。月の塔は神々しいばかりの美しさを惜しげもなく晒している。
「大抵の人はチユと同じ反応するッスよ」
「だってすごすぎるよ。いったいどんな職人が造ったの?」
考え出すと頭が混乱してきた。本当に綺麗で、あまりにも精巧で。人間にこんなものが造れるのだろうか。
「神のつくしりものだって」
「月から来たと云われてる」
兄妹剣士は落ち着いた様子で、神話めいたことを口にする。
「神様……」
「信じられないッスよね」
「いや信じます」
「チユは素直ッスね」
神の力だといわれても納得する。
「ここから半日かかる。すこしペースをあげよう」
リーダーが馬に鞭を入れた。
馬車のペースに、竜馬と私もついてゆく。
道はほどよく踏み固められ、足取りは軽い。緩やかな丘陵地帯を進む。
塔に近づいているのに距離感がつかめない。進みながら荷台にいるメラルに説明をうける。
「直径はだいだい二百メルほど、中は階層構造になっていて、階段やら何やらで上に上れるッス。途中までッスが」
「途中まで?」
「頂上まで誰も行ったことないッスから」
「そうなんだ」
メラルもよくわからないらしい。なんだか不思議なことばかり。
近づくにつれて塔の基部を囲む町が見えてきた。砂場の「棒倒し」遊びのように、塔の基部の周囲に丘陵が見える。そこに張り付くように家々が立ち並んでいるのだ。
「オラたちのムーンヘポリアッス」
「塔のまわりに町が広がっているのね。すごく快適そう」
素敵な塔は見放題、日当たりも良さそう。
「塔から吹き下ろす風は強いわ、大雪は降るわ、夏は塔からの照り返しが眩しいわで……意外に大変っスよ」
メラルは肩をすくめる。
「そうなんだ」
観光気分では素敵に思えても、暮らすとなれば違うことはよくある話ね。
塔を取り囲むように丘陵があり、塔に近いエリアは神殿や行政府か、大きな建物がみえる。離れるにしたがって普通の家になる感じ。あちこちから煙が立ち昇り、人々が暮らしている様子がわかる。
「ところで、塔に登れる?」
「ギルド所属のオラたちと一緒ならオッケーッス」
「ざっくりすぎる。正確にはムーンヘポリア神聖王国第十二代国王イシュバランケ陛下より勅許を頂いている我ら『月の塔管理ギルド・アルテミア』が同行する場合のみ、塔の調査と一部自然発生物の採集は許可されている……だ」
メラルは自慢げに胸を張ったけれど、ヘルヴァイア先輩が我慢できずといった表情でフォローした。
「っというわけっス。流石先輩ッス」
「メラルがちゃんと説明するんだよ」
「でへへ」
安定のやりとりを微笑ましく眺めつつ、大体理解できた。
「メラルは大手ギルドの魔女だったんだね」
「そんなんじゃないっスよぉ、見習いッス」
「神聖王国公認って」
「肩書きはあったほうが楽っスから……」
「ふーむ」
メラルは謙遜するけれど、王国公認の塔を守護するギルドとなれば、安定職業にちがいない。
湊町ポポロノイカで出会ったときも、メラルは同じような自己紹介はしていた。けれど実際に月の塔をみて思い知った。彼女は大手ギルドに所属するエリート魔女の卵なのだと。
期待されているからこそ、魔法のバトルトーナメントに修行の一環として参加したわけで。
「チユさんもウチらのギルドに入ったら?」
「それいいかも! 実力は折り紙つきだし」
カプルとセルラは笑顔で、親切心から言ってくれたのだろう。
でも私は……まだどこにも属したくない。
「俺から推薦してもいい。森であんな芸当を見せられちゃぁな。素晴らしい才能の魔女さんだ」
リーダーのベイルカルダさんも上機嫌で賛同してくれた。
「あっ、えーと、その」
自分の居場所はもうすこし世界を見てから決めたい。天国や楽園が、やっぱり世界のどこにも無いのなら……。どこかに腰を落ち着けて生きていかなきゃならないのだから。
「もうリーダーも、カプルもセルラも、今はそういうのは無し! チユは旅人ッス。自由人なんス」
「メラル……」
「まずはオラたちの町を見ていけばいいっス」
「うん」
他のメンバーはすこし残念そう。こんな私を高く評価してくれたのは嬉しいけれど、森を安全に通り抜けられたのは実はミーミルの力にすぎない。魔法の才能を認められたわけではないのだ。
『チユ、翼竜がいっぱい飛んでるー』
「あ、ほんとうだね」
塔の周囲を羽のはえた蛇のような翼竜が、何びきも飛んでいた。月の塔の途中――おそらく地上から百メルテぐらいの場所――に突き出たバルコニーみたいなでっぱりがあって、そこに出入りしているらしい。
「あそこは中継ステーションっス。下から徒歩で上っても何も無いッスから。お金はらって中継ステーションから上ったほうがいいんスよ」
「なるほど」
近くなるにつれて塔の様子も見えてきた。遠くからだとピカピカだった外壁はかなり剥がれ落ちている。
一定間隔をおいて窓らしき穴や、中継ステーションとして使われている「でっぱり」が見える。
頂上はどうなっているんだろう。
だれもまだ頂上までいったことないとか、ロマンがありすぎる。
もしかして私が探している楽園、天国みたいな国が雲の上にあるのじゃないかしら?
すごい、凄すぎる……!
これから始まる冒険の予感にワクワクする。これぞ旅のだいご味、見知らぬ景色が見られるのだから。
<つづく>




