私たちのペースで
魔獣との遭遇戦はその後も続いた。
オラついた二足歩行のウサギの群れや頭が二つある巨大ヘビの群れなど。妙な魔獣が行く手を遮り、戦闘になるたびに馬車は停車を余儀なくされた。
「魔獣や魔物は大昔の魔女が造ったって……!」
メラルが魔法で威嚇し、先輩のヘルヴァイアさんが先手を打つ。
「センスを疑うぜ」
「微妙にナメてる!」
「可愛くないのよ!」
そこへ兄妹剣士が斬りこんで着実に魔獣を仕留めてゆく。
「仕留める優先度を考えるんだ」
劣勢になる前にリーダーのベイルカルダさんが加勢、大剣で巨大蛇の首を一刀両断。イメージ通りのパワーファイトをみせてくれた。
「お怪我はありませんか?」
「元気!」
「平気!」
「余裕ッス」
うーん、私の出番が無い。
まぁいいか。
倒した魔獣の肉を切り分け、防水布で包み保存。毛皮を剥いで丸めている。いいお金になるのだとか。そんなことをしているので進むペースは意外に遅く、気が付くと日暮れも近い。一行は森で夜営をすることになった。流れる清流で顔を洗い、喉を潤す。
『にぎやかな森だねー』
「にぎやかって言うのかな」
『ボクはこの森が好きだよ!』
ミーミルは気に入っている様子だけど、命がいくつあっても足りない。現にパーティは交代で見張りをしながらの休息で、緊張を強いられている。
周囲は深い闇に沈み、よからぬ気配がヒシヒシとする。焚火を絶やさないようにする必要がある。客車を寝床に、交代で眠るしかないらしい。
「この森ってずっとこんな感じなの?」
レイムシャルの森、通称「闇の森」は魔獣の巣窟だった。並の隊商が迷い込んだら確かに全滅しかねない。
「魔獣との戦闘はいつものことっスけど」
「今日はエンカウント数多めかもな」
「索敵の精度が良いってことでしょ」
兄妹剣士カプルとセルラは短剣の先を携帯砥石で磨いでいる。
魔獣を見たら即戦闘、先手必勝で戦って道を切り開く。パーティのスタイルも最初は凄いと思ったけれど、ずっとこんなかんじだと疲れそう。
それに魔獣もちょっと可哀そうな気もする。ミーミルが目の前で殺された魔獣が『怖がってる』とつぶやいていたからだ。
「いちいち殺さなくても……」
思わずポロリと口にする。
「あ? 何ナメたこと言ってんだ素人が」
「ひぃ」
後ろから凄まれ、思わず身が竦む。
メラルの先輩ヘルヴァイアさんだ。全身黒づくめの見た目も怖いけど、戦闘的な火炎魔法の腕前は準一級に比類しそう。正確無比な魔法制御、ピンポイント攻撃は凄いのひとことだ。
「戦いは先手必勝、魔獣どもは殺す! それがオレのやり方だ」
「はひ」
先頭を斥候として進み、一番槍、斬り込み隊長を自認している。魔獣をメラルの索敵スキルで発見、位置情報をもとに敵に先制攻撃をする師弟の連携もお見事です。
「パイセン! チユが怖がってるッス!」
「あ……すまん」
「悪即斬のポリシーとか語られても、暑苦しいんス」
「ケ、ケガされると困るんだよ」
「言い方ッス」
ぺしっとメラルが先輩の背中を叩く。先輩さんは良い人なのに言い方がキツいのね。
「メラルありがと。ヘルヴァイア先輩も感謝してます、気を使っていただいて」
「お、おぅ……」
焚火をみんなで囲んでアーマードボア、イノシシの肉を回転させながら焼く。
表面が焼けたらナイフでそぎ落とす。同時に小麦粉を水で溶いてフライパンで薄焼きに、それで肉を挟んで塩と香辛料で味を整える。
「水辺でとったクレソンを挟んで」
「一緒に食べるのがおすすめだよ」
カプルとセルラが採集してきた、新鮮な野草もいただきます。
「……おっ、美味しい」
うーん絶品!
ワイルドで香ばしくて、美味しい。
こういうみんなで囲む夜営もいいものね。火の粉が夜空に吸い込まれていくのを見上げ、みんなであれこれとおしゃべりをする。
お腹もいっぱいになったところで、私は勇気を出してひとつ提案をする。
「あの、明日は私が先頭を歩いていいですか?」
メラルと先輩さんは驚いた様子で私を見た。
「チユ、前衛は魔獣と出くわすし危ないッスよ」
「あぶねぇからオレが先行してんだ」
「俺も賛同しかねるが」
リーダーも渋い顔。だけど、
「ミーミルは森が好きで魔獣とも話せます」
『クルル(そうだよ)』
当たり前のようにミーミルは鳴いた。
みんなに声は聞こえていないけれど、私とミーミルが通じあっていることをわかってくれている。横で寝そべっている竜馬の首筋を優しく撫でる。
「竜馬は賢いっていうし話せたら楽だよな」
「森の主になってる竜馬もいるみたいだし」
カプルとセルラは二人並んで肩を寄せあっている。仲が良い感じは私とミーミルみたい。
「わかった。くれぐれも無理はしないでくれ、危なかったらすぐに下がること。いいね」
「はいっ」
◇
翌朝、日の出と共にパーティは出発した。
馬車に先行して、十五メルほど先を私とミーミルがゆく。
午前中はすこぶる順調だった。魔獣とも出くわさず快適そのもので拍子抜け。
「森も半分を過ぎた。あとひといき」
昼の休息を挟んで、再び進む。だんだんと森は深くなり、木々の幹はねじくれて太くなる。木立が鬱蒼として太陽を覆い隠す。
『……チユ、誰かいるよ』
「魔獣?」
わずかに遅れて馬車の幌の上から声がした。
「チユ! 前方、魔獣がいるっス!」
私は「了解」と軽く手をあげた。
「ミーミル、お話しできそう?」
『うん!』
竜馬がクルル、コルル……と啄木鳥を思わせる声をあげた。するとガサガサと前方の茂みから黒い塊が出てきた。
黒くて大きな熊だ。頭に水牛のような角が四本前向きに生えている。見た目がヤバすぎる。
「デッドホーン・ベアー! 危険だぞ」
リーダーのベイルカルダさんが背後から叫んだ。みんなが一気に緊張するのがわかる。
けれど私は後方を手で制した。
不思議と落ち着いているのは、ミーミルがいつも通りだから。
恐ろしい魔女と対峙したときのほうが、よっぽど怖くて動揺していたと思う。
『こんにちは! ボクら旅をしているの』
『ゴガガ……グルル(……人間は……危険……)』
『平気。友達だよ、チユもみんなも』
ミーミルはそう言ってくれているみたいだった。
『グルル……(来るな……)』
ミーミルが軽やかに近づく。相手を警戒させない、風のような静かな動き。鼻先でデッドホーン・ベアーに挨拶する。
『はい、ともだち』
『グ……』
真のドラゴンは全ての生物種の頂点だったという。滅び去ったいま、遠い親戚である竜馬や翼竜は魔獣よりは上位に位置するという話を聞いたことがある。こんな小さな竜馬、ミーミルのことを巨大な熊の魔獣はどこかリスペクト……敬意をもっているように感じたのは気のせいだろうか。
「ちょっ!? チユぅ」
メラルが半泣きで悲鳴をあげる。
いまにも飛び出そうとする先輩や剣士兄妹を、リーダーさんは手で制してくれていた。
信じてくれてありがとう。
『ボクはこの森が好き、通っていい?』
『グルル……(あぁ)』
ミーミルの声に熊が僅かに声色を変えた。
流石に巨大な熊の魔獣が近くなると凄い迫力。爪も鋭くて、私たちなんて一撃で切り裂かれそう。っていうか、後ろにさらに二匹隠れていた。
子連れ!? 木立の間、枯れ草のベッドのようなところに二匹がいる。
『チユ、お母さん、ケガしてるって』
「えっ?」
巨大なデッドホーン・ベアーをよくみると左の前足から血を流していた。斬られたような傷。刀傷か、あるいは他の魔獣にやられたのかはわからない。
『守ろうとしたのね』
ミーミルの背中から慎重に降りて、そっと近づく。前屈みになって熊の前足に手を添える。
痛みを吸うことに関して、動物も魔獣もさほどかわりはない。鋭い、斬りつけられた痛みが襲ってきた。けれど乾いた海綿のように『痛み箱』がすぐに吸収してくれた。
「どうかな」
『もう痛くないでしょ』
ミーミルが誇らしげに熊に語りかけた。
『グルル(……森の……主……暗き森の……隔絶の……魔女……と似て……)』
熊が私をみつめ、なにか考え込んでいるふうに喉を鳴らしてる。
「なんて?」
『んー、ありがとうって』
ミーミルは適当に答えると、小熊たちに挨拶をしている。
やがて驚くべきことに巨大な母熊は、二匹の子供と共に、森の道をのしのしと歩き始めた。
『ついて来い、だってー』
「まじか」
情けは人のためならず。いや熊のため?
「ちっ……チユ、どういう状況っス!?」
「案内してくれるって」
唖然呆然、顔を見合わせるパーティメンバーたち。
「いこうかミーミル」
『うん!』
私たちのペースに合わせて、熊たちは森を進んでゆく。小熊たちは双子でころころして可愛い。
そのあと、森を抜けるまで他の魔獣とはまったく出会わなかった。
<つづく>




