+Mermaid dreams of electric fishes
ヒューマノイドSF
※LooPを読んでいただけた方がわかりやすいかと存じます。
人類は発生したときから常に適合と衰退を同時に続けている。
尻尾を捨て二本足で歩き始めた時から、砂漠化する地球で宇宙船を打ち上げる現在になっても、そればかりは変わらない。
今日だって、最新の最速宇宙船が火星に到着するとニュースで言っているけれども、いまだに人類はアマゾン川の源流を知らない。
僕が博士の造るヒューマノイドをはじめてみたのは、とある海洋調査事業に参加した時だった。
小さな大型調査船の甲板で幾人もの研究者が、日の光に焼かれていた。
普段余り部屋から出ることの無いもやしっ子たちは、あまりの暑さに辟易とするしかなかった。それでも、うんざりするような日差しに生気までも焼かれながら、皆、口数も少なく黙々と自分の仕事をこなしていた。
僕らはまだ宇宙と同じぐらい謎に包まれた、深海を調査するために太平洋の真ん中にたたずみ、いろいろなものを内包した海面の更にその下に思いを馳せていたのだ。
ふと、ただでさえ少ない会話が途切れた。ただ、波音に紛れるように、ラジオが人類初の有人宇宙船が火星に着陸に成功したと報じている。
僕が不思議に思い、手にした資料と手元にある装置から視線を外し、辺りを見回した。周りの研究員も一様に手を止め、船室から甲板に上る階段に視線を注いでいる。
正しく言えば、階段を上ってきたばかりであろう、白衣姿の女性と、ウェットスーツに身を包んだ人の形をしたモノを見ていた。
人と区別するために、人が持たない青い色素を含む肌を有する人造人間だ。
しかし、青い肌は、それ、が作り物であるという印象を与える唯一だった。
海風に翻る白衣の裾を押さえる女性は学会誌などではおなじみの顔だったが、実際に見るのは初めてだ。
写真で見るよりもずいぶんと小柄で華奢に感じる。少し癖のある柔らかな明るい茶色の髪を無造作にひとつにまとめており、それは彼女の長く白い首をことさら強調していた。
彼女は何事かヒューマノイドにささやきかけ、ヒューマノイドが二、三度、うなずけば、穏やかな微笑を浮かべた。妙齢の女性だというのに、ひどくあどけない笑みだったことに僕は少しだけ驚いた。
一方、笑顔の博士と対照的に、青い肌とどこかぎこちない表情、むしろ無表情に近いヒューマノイドは、平均的な成人男性くらいの均整の取れた体つきだ。
表情はこわばっているのに、そのほかの関節の滑らかな動き、特に、危なげなく階段を上りきったバランス感覚は、現代科学の粋を集めたものなのだろう。
隣にいる研究員が「あれがヒューマノイドか」とぼそりと呟く。
「本物を見たのは初めてだ」
「なんでも、耐久性が高いボディを使用しているらしいので、あのまま深海に潜るそうですよ。視覚に直結された小型カメラによる記録もできるらしいので」
僕の言葉に、すごいな、とある研究員は感嘆した。
「確かに、我が物顔で生きる海洋生物は遠隔操作アームを使って捕獲するよりも、”彼”に採ってきてもらった方が確実だし、生きたまま捕獲できそうだしな」
人生の大半を海洋生物学に捧げた彼は、どこかうらやましそうに呟く。
「そうだよ、彼は深海に沈んだ文明や宝を破損すること無く取ってきてくれる神さまさ」
考古学に一生を捧げるのだと豪語する研究員が夢見るように呟き、「一番に手にできるのはうらやましいが、状態が良いことに越したことは無いからな」と嘆くように嘆息した。
☆
その日の調査は成功した。
ヒューマノイドは5時間をかけて、深い海底に沈み、約1時間をかけて、遠い昔に沈んだ船の荷物や小さな深海生物を頑丈な箱につめ、また6時間かけて海上に顔を出した。
その長い間、考古学者は「人類は心を表現するために文化を創り、発展させてきたのだ。彼は心の欠片を拾い上げてきてくれるのだ」とロマンティックな持論を熱心に繰り返した。
僕も考古学者らしいロマンティックな意見には大いに賛同するところだったので、彼の言葉に深く頷いた。
ヒューマノイドが深海から現れ、彼に繋がれた大きな箱が浮かび上がった時、研究員たちはまるで美しい人魚と目があったかのように喜んだ。
…… “彼”は男性型だったけれども。
しかし、古代の心と未知の生物が詰まった合金製の宝箱を開けるのは後日の予定だ。
慎重に開かなければ、せっかく良い状況で手に入れられた品々と生物たちが、環境の変化に耐えられずに、たちまち劣化して破損、または死滅してしまうこともあるからだ。
すでに日が沈んでいたため、すぐに祝いの席が設けられた。
とはいっても、簡単な料理と少しのお酒、さらに僕は下戸だからジュースだったけれども、すでにハイテンションになっていた皆は、大いに盛り上がることができた。
あまりにも興奮した考古学者は、ヒューマノイドである彼にまで自分の論説を熱く語り、君が手伝ってくれて本当に良かったと何度も繰り返していた。
僕はお酒が飲めないせいもあり、一人、少し離れた場所でそれをほほえましく眺めていたが、ふと、気がつくと、いつの間にか博士が隣に座っていた。博士もヒューマノイドと考古学者を微苦笑とともに眺めている。
僕は少しの緊張と、それでもどんちゃん騒ぎで緩んだ空気に後押しされ、博士に話しかけた。
「あの人はとてもヒューマノイドに感謝しているんです」
僕の言葉に、博士はにこっと笑った。やはり笑うとどこか幼い。
「ええ、そうみたいね。古代の心を救い上げてくれてありがとうなんて、ずいぶんと詩的だと思うけれど」
博士もどこか浮かれたように、気軽に返事をしてくれた。思った以上に気さくな人で、僕がほっと胸をなでおろした瞬間。
「君は、あの子に心があると思う?」
難解な質問をされた。
僕は少しだけ考えた後、正直に答える。
「心を表現するのが文化だというのならば、彼は心そのものだと思いますよ」
博士は少しだけ目を見開いて、そしてひどく子どもじみた笑みを浮かべた。駄々をこねるほど欲しがっていたものを与えられたときの表情だ。
それから、僕は博士と世間話やお互いの技術分野について、他愛の無い話をした。
和やかに話していると、すっと”彼”が歩み寄ってくる。遠くで見たときは、少し無表情に感じたけれど、それは近くで見れば、そういう人もいるなと思わせる程度で、人間と寸分違わないように見えた。
…… 宵闇にまぎれた彼の肌の色が曖昧になったせいかもしれないけれど。
「今日は本当にお疲れ様」
博士の言葉に、ヒューマノイドは小さく顎を引いた。「いえ」と滑らかに答える。録音されたような音声ではなく、生身に近い、思ったよりも甘い声だ。
「メンテナンスをしましょう。次は明後日にもう一度潜ってもらうわ」
博士の言葉に、彼はやはり簡潔に「はい」と一言だけ答えた。
「それじゃあ、また」
博士は僕を振り返り、そう告げて踵を返す。
僕が「おやすみなさい」とその華奢な背に挨拶すると、博士は軽く手を振って答えた。そのまま、振り返ることなく船室に向かう。
ヒューマノイドもまた、踵を返そうとしたので、僕は「お疲れ様でした。おやすみなさい。良い夢を」と声をかけた。
彼は体をひねった状態で、再び僕を振り向いた。
やはり素晴らしい平衡機構を備えているらしい。それに、少しだけ驚いたような表情に思えたのは気のせいだろうか。
彼はじぃっと僕を見つめてきた。瞳の奥にフレネルレンズの同心円状の模様が見える。
「あの人たちに、深海に潜ることがうらやましいと言われました。アナタも深海に潜ってみたいと思いますか?」
僕は笑って答える。
「そりゃあ、できるものなら」
「それはどうしてでしょうか?」
ヒューマノイドは間髪いれずに更に質問を重ねてきた。
「え?」
どうしてって、そりゃあ …… 予想外の問いかけに僕は惑う。
不可思議な生き物が泳ぐ、深く冷たい海の底。圧し掛かる水の重さ、太陽光さえ減衰してしまう、昏く透きとおった空間。
深海に潜ることができるなんて、素敵じゃないか。
いや、これは理由じゃないな。
もちろん、その神秘をその目で見てみたいと思うのは当然だ。
でも、なぜ?
なぜ、当然なのだろう?
おそらく目の前にある、高度な半導体と無数の歯車からなる電子機器は、それを知りたいのだ。
僕は、いろいろと考えあぐねてみるけれど、どれもしっくりこない。
言葉に詰まった僕の答えを、ヒューマノイドは待ってくれなかった。先を行く博士が振り返り、彼の名前を読んだからだ。
彼は小さく頭を下げ、ただ、一言「おやすみなさい」といって頭を下げ、今度こそ踵を返した。
僕は大きな歩調で博士の後を追う彼の背中を見送るしかない。
博士と彼の姿が扉の向こうに消えてから、僕はゆっくりと頭を振った。
理由なんてない。きっと単純な知的好奇心だ。
純粋に知りたいという心。
そして、僕は、そこでようやく、自分がずいぶん間が抜けたことを言ったことに気がついた。
良い夢を、と言ったけれども、僕は彼が夢を見るかどうかを知らない。
しかし、ヒューマノイドだって電気羊の夢を見るかもしれないじゃないか、と思う。そうだ、きっと彼は今夜、竜宮城で機械仕掛けの魚達が舞い踊る夢を見るに違いない。
題名は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』のオマージュです。
修正して再掲。




