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ヒューマノイドSF。
本日、博士は目覚めて二ヶ月となる三番目のヒューマノイドを連れて、学会へと出かけた。
一方、僕は一番目と二番目の二人(ここ二年半、彼女達と一緒に博士のラボで生活をしてきたけれど、彼らは僕らとなんら変わりない。だから、僕は彼らを二“体”ではなく、二“人”とする)のヒューマノイドとお留守番である。
二人のヒューマノイドのうち、一人は、青い色素を含む肌とフレネルレンズの瞳の“男性”で、ここに来る以前に参加した、海底調査のときから面識がある。
彼は世界で二番目に目覚めたヒューマノイドだ。
そして、もう一人。
初めて造られたヒューマノイド。
初めて会った時、さらにそれよりも五年ほど前、学会誌で見た姿そのままに、彼女はバレリーナのようにワンピースの裾を持ち上げて、優雅なお辞儀のパフォーマンスをしてみせた。
一見、漸く十を迎えたばかりの少女に見える彼女の全部が実は、機械仕掛けだなんて、一体誰が信じるだろう。
茶色の長い髪とオーバルアイ。
不気味の谷を抜けて完成した小さな少女は、とてもかわいらしく思えた。
☆
僕は午前中のうちに、データを取りまとめ、二番目の彼のカウンセリングを行った。
彼はとても順調で問題はない。
午後になると、僕はファーストガールのカウンセリングを行うために、大きなラボの中を小さな少女を探して歩き回った。
うんざりするほど広いラボには、研究エリアだけでなく、移住空間、果ては家庭菜園を行っているガーデンまで備えられている。
小さな女の子を探して歩くには困難だ。
僕は、最初の十分は真剣に、その後は、半ば散歩気分でラボの中をさまよう。
そのうち、せっかくだから、とガーデンへと向かうことにする。
ちょうど今の時期は藤棚が見事に白と薄紫の花房を重たそうに吊り下げていることだろう。
砂漠の真ん中に作るのだから、完全温室だというのに、一年を四季に区切り、時期折々の花を咲かせているのは、ジャポニスムを持つ博士の功績だ。
僕は湿った土の香が立ち込めるガーデンへと足を踏み入れる。
藤棚へと向えば、偶然にも、僕は藤の花だけでなく、お目当ての少女を見つけた。
彼女を覆いつくそうとするかのように花穂が零れ落ちる藤棚の下、小さな箱を握り締め、意味も無くその瞼を閉じた小さな女の子。
丸みを帯びたほほの下にあるのは、微細な歯車とバネなのに、桃のように愛らしい。
その小さな体は、当時のエネルギー溶媒が循環できる限界の大きさのためだと理解していても、頼りなく思い、庇護を誘う。
今は、眠るようにその薄い瞼を閉じている。
メモリに保存されたデータの整理をしているのだろうか?
僕が声をかけようとすると、ぽん、と肩に手を置かれた。
思わず息を呑み、振り返ると、フレネルレンズの瞳と目があった。波紋のような同心円の重なりがうっすらと透けて見える。
「 …… なに?」
僕が問いかけると、彼はゆっくりとこうべを振りながら「今は、そっとしてあげてください」という。
僕がどうして、と更に問いを重ねれば、彼は何も言わず、そのまなざしを少女へと向けた。
「データが破損するといけないから」
低く柔らかい声。僕はいぶかしげに尋ねた。
「データが飛ぶ? 彼女のメモリはそんなやわじゃないよ」
僕の言葉に、彼は少しだけ笑みのようなものを口の端に浮かべた。作り物ではない滑らかな表情。自嘲と憐憫と憧憬をまぜこぜにしたような。
「あの手にしている箱は、彼女の外部のメモリです。通電しているときは、彼女自身に問題が無くても、箱のメモリが破壊される可能性がありますから」
僕ははじめて知ることに、そうなの、と思わず口にすれば、彼は感情を引っ込めた顔でそっけなく、そうです、と繰り返した。
「ふうん。僕に言ってくれたら、データの移植ぐらいするのに」
そして、それは僕の仕事でもあるのに、と呟けば、彼はまた頭を振った。
「彼女はそれを望みません」
やけにはっきりとした物言いに、僕が彼を見つめると、今度はためらうように言葉を重ねた。
「 …… あれは、彼女の記憶ではなく、彼女のオリジナルの記録ですから」
彼女ではない誰かが、彼女として生きた記録。
思わず絶句した僕の肩を彼はそっと押した。
僕は促されるまま、出口へと向かう。
僕は振り返り、一度だけ藤棚の下の少女をみやる。
眠るような表情には、少しの苦痛も浮かんでいない。ただ、どこか切実に祈りを捧げているように見えた。
あの小さな女の子の“自己”はどの程度発達しているのだろうか?
彼女は、初めて造られたヒューマノイドと言われているが、実際は試作品として作成されたと聞いている。事実、公開されていないが、彼女の容姿と人格は、完全なる創造として生み出されたものではなく、博士の亡くなった妹がモデルとして造られたものだ。
ある意味、二番目と呼ばれる彼こそが、完全なる人工物だと思っていたのだけれども。
もし、彼女の自意識が、彼女のオリジナルと完全に切り離されたものだとしたら、博士の妹と言う存在は、彼女の中でどのように処理しているのだろうか?
それにしたって、自分ではない誰かが、自分として生きた記録を知りたいと思うだろうか?
いや、確かに気になるだろう。意識を向けないなんてできるはずもない。
だからと言って、それを抱えて生きていくには重すぎる。
きっと彼女は、何度も何度も何度も繰り返し、繰り返し、反芻しているのだろう。
まるで宝石箱のような装丁の銀色の箱に詰められたメモリに接続、走査、実行。
実行命令が重ねられ、記録された半導体が焼き切れてしまうほどに、反復。
彼女はその行為をやめることが出来ないのだ。
それは、まるで甘美な毒薬に身をゆだねてしまっているかのようだ。麻薬みたいな中毒性に侵され、蝕まれていく思考に、彼女はゆっくりと沈み込むのだろうか。
修正して再掲。




