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第七話 井戸端会議

「うん、それは冷蔵庫見てるから洋菓子店の箱があるのは知ってたよ。でもね、私さっきダッツさん食べたばっかなんだよ?」


 速攻で言外にコレジャナイ宣言されてるのはシュークリームさんか? いや俺です。


「で、ですよね。そんな甘いモノばかり続けて食べられませんよね」


「食べられるなら食べたいけど、乙女的に考えてそれはありえない。つまりはそういうことだよねぇ?」


 先輩がニヤニヤしながら補足してくれる。食べたいのか食べたくないのかハッキリして欲しい。


「その通りです。ユウお兄ちゃんはそういうところが全くダメです。いつまでたってもダメダメです」


 マユは目を閉じて人差し指をチッチッチとやっている。キザっぽい動作ってやつだ。


「うーん。その辺の感覚がいまいち掴みきれなくてなぁ。別に食べろって言われれば食べられるし」


「ユウお兄ちゃん? 世の女性が一体どれだけ自分のしたいことを我慢して、したくもないことをしているか。一度でも考えたことがありますか?」


 でもあんまり無理してても、ストレス溜まるだけじゃないですかねぇ。


 ストレスは健康に良くないと思うんだ、俺。その欲望、開放しろ!


「考えようとしてみたことはあるけど、全く想像がつかなかったので諦めました」


「それ!」


 どれ?


「そういうふうに簡単に理解を諦めちゃうところがダメダメだと言ってるんです! だからそんなアイス食べた後にシュークリームを出す、なんてことが平気な顔でできるんです!」


 マユが苛立たしげに、人差し指でテーブルをコツコツコツコツと突く。


 なるほどこれが『いともたやすく行われるえげつない行為』ってやつか。そいつは酷い。犯人は誰だ。


「そうだそうだー。我々は怒っているぞー」


「先輩それ超棒読みですからね」


 先輩でもそういう我慢とかしてるんだろうか。あんまそういうイメージないけど。


「うーん。シュークリームみたいな甘いモノがダメとなると、どうすりゃいいんだ? しょっぱいものか? マユ、お前さきイカ好きだったよな? それともスルメのほうがいいか?」


 毎年正月には俺の家とマユの家で新年会を行っている。


 今年は俺の家でやったから、来年はマユの家で、というように持ち回り制だ。


 俺達は酒が飲めるわけでもないので、料理の合間につまみに手を出したりゲームしたりしていた。


「ユウお兄ちゃん? いい加減私でも怒ることはあるんだよ?」


「ひっ、ひぃ。もうしわけありません、マユさま。なにとぞ、なにとぞご慈悲をー」


 ははぁー。お白洲の上である。控えい、控えおろう!


「まったくキミってやつは。少しは食べ物から離れられないのかね」


「だって、女の子のご機嫌取る方法なんて俺甘いもの以外知りませんよ」


 先輩の呆れ顔に、俺は不満顔で返す。


 しかし先輩はそれだけでは終わらない。


「ちなみにわたしはスルメが好きです」


「あ、俺もスルメ好きです。あの噛めば噛むほど味が染み出てくるのがたまらん。やっぱ先輩気が合いますよね」


 やっぱ先輩、すきだわー。


「おほん! おほんおほん!」


「どうしたマユ。ミルクティ、おかわりするか?」


「結構です。おかしいですね。今、私の話をしていたはずなんですが」


 カップを掲げておかわりを聞くも、マユは片手でそれを断る。


「もちろんだとも。今マユのご機嫌を取らなければ、俺は実家周辺での居住権を失う」


 それはもう、大変なことになる。ろくに外を歩けない。


「だったら、もうちょっとなにかあるんじゃないですか。こう、ちやほや的ななにかが」


 顔を逸らしたまま、こちらをちらっちらっと見てくる。うーん、なにこれ。正しくあざとい。


「うわぁ……。奥様、聞きました? 遂に直接要求し始めましたわよ、この娘」


「そこが死地だってわかってるのにあえて飛び込むキミには、最早尊敬の念しか覚えないよ」


 やっぱ先輩はわかってくれますよね。


 そうです。ここは行かなきゃいけないとこなんです。


「……よほどおばさま達に噂されたいみたいですね? ユウお兄ちゃんの平穏は今死にましたよ?」


「ふ。マユよ。いつまでも俺がうろたえるだけの男だと見くびらないほうがいい」


 流石の俺もここまでしておいて無策とかはない。


「ユウお兄ちゃんに一体何ができるって言うんですか。私の機嫌一つ取れないっていうのに。百戦錬磨のおばさま達を相手に丸め込む手腕があるだなんて、今更とても思えませんよ?」


「なあマユ。今回の問題の本質はどこにある? マユにバラされたとして」


 俺はマユの見下すような視線をあえて流して、テーブルを人差し指でコンコンと鳴らす。


「それは、おばさんにバレることで、連鎖的に周辺地域へユウお兄ちゃんが彼女持ちだってことが広まって噂されることです。それが嫌なんでしょう? 私も当然嫌ですけど」


 マユは視線を少し上に上げながら答える。


「そうだな。そこで暮らすならそれは致命的な事態といえるだろう。絶対に回避しなければならない」


「それなら……」


「だがしかし、マユよ。お前は一つ忘れていることがある」


「忘れていること?」


 そういわれても思い当たることがないようで、きょとんと首を傾げるマユ。


 こういう仕草はこいつも十分かわいらしいのになぁ。いやまぁ普段も十分かわいいと思うけど。


「お前は今、どこに居る(・・・・・)?」


「……はっ!?」


「そう、俺の今の居住地域はこの部屋とその周辺と大学だ。今のお前が住む、俺の実家周辺ではない」


 俺は人差し指で床を指し示すことで、この辺が今の居住地域だということを強調する。


 どうせ地元なんて、盆暮れ正月ぐらいしか帰らなくたって何も困らないのだ。


 よく考えたらほとんど会うこともない近所のおばさん連中など、どうだってよかったのである。


「なんとぉー。ここでユウ君のちゃぶ台返しが炸裂ぅー」


 最悪母親にさえバレなきゃ後はどうでもいい。


 そのためには、マユにこのカードは無意味と思わせる必要がある。


「つまり、お前がいくら俺の地元でこのことをバラそうとも、俺には一切ノーダメージ! さらに俺の在学期間は最低でもあと三年半はある! 全ては発想の転換なのだ! 勝ったッ! マユ編完!」


「そんな……井戸端おばさま攻撃が通用しないだなんて……」


 拳を握りしめて勝利を確信する俺と、うなだれるマユ。


 明暗はここに分けられた。決着はついたのである。


 またしても勝利してしまった。兄より優れた妹などいないのである。


「あー、マユちゃんマユちゃん。ショック受けてるところ悪いんだけど、一つ聞いてくれる?」


「……敗者の私に何か御用ですか?」


 マユが力のない目をゆっくりと先輩に向ける。


「ユウ君が好きにしろって言うならさ、本当に広めちゃえばいいじゃない。ノーダメージなんでしょ? わたしの事おばさまに紹介してよ。今度ご挨拶に行くからさ」


 先輩は満面の笑みを浮かべて、そう言った。


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