第六話 名探偵
「というか、なんかキミ勝手に解決したみたいに思ってるようだけど、浮気疑惑はまだ晴れてないからね?」
じろりと睨んでくる先輩。怒っててもかわいい。
「えっ。なんで?」
あれっ? 誤解は解けたはずでは?
「なんでもなにも。わたし、キミから話聞かされただけで、マユちゃんが実際いつこの部屋に来たのかも正確なところを知らないんだよ? そんなの誤魔化そうと思えばいくらだって誤魔化せるよね? 実は既に一泊してるって言われてもわたしは驚かないよ」
「あの、私は昨日は普通に学校行ってたんですけど……」
マユは受験生ではあるが、この時期はまだ普通に登校義務がある。
「でも、ここまで電車で一時間ちょっとだよね? 放課後に帰宅して支度整えたって夕食の時間ぐらいには駅に着けるよね。そこへキミが出迎えればちょっと遅くに着いたとしても十分実現可能性はあるよ」
先輩は額に人差し指を当てて、んーと唸っている。
「いや、昨日は俺その時間先輩と一緒でしたが……。てか先輩の失敗作処分させられてましたよね。まさか、もう忘れたとか?」
アリバイと言ったらこれ以上のものはないだろう。
例え先輩の都合のいい脳みそが昨日の失敗作を忘れていたとしても、俺はしっかり忘れていない。
「おい失礼なことをいうんじゃないよ。わたしのカレーパスタにはまだ見ぬ可能性があるの。あれで終わったと思うなよ!」
「パスタソース切らしてたの忘れてレトルトカレーかけただけじゃないですか……。ご飯で食べたかったボンカレー」
せっかくのカレーをご飯で食べられなかった無念は今でもこの胸にある。
ああ、思い出したらなんかカレーが食べたくなってきた。ご飯で。
「ユウお兄ちゃん、それそんなに合わなかったの?」
「おお、酷いものだったぞ。先輩も料理は普通にするから手作りなら問題ないんだけど、組み合わせゲーじゃ料理の腕はあんまり関係ないからな。食べるまでは俺もそこそこ食べられるものになると信じて疑わなかったし」
不味くも美味くもないもそもそとしたなんか……表現しづらい夕食だった。
「まぁ失敗したカレーパスタのことはいいんだよ」
先輩が片手をぱたぱた振って昨夜の失態を打ち切る。
「あ、先輩失敗って認めるんですね。可能性は今死んだ」
「いいから黙る! それじゃあ、スペアキーを持ってきたという可能性もあるよね。あらかじめ鍵を持っていれば勝手に部屋に上がって待ってればいいわけだし。迎えは必要ない時間に何とか着くとして」
「先輩、昨日我々が駅に着いた時に俺聞きましたよね? 今日はどうします? たまにはウチでもいいですけど、って」
いつもいつも先輩の部屋ばかりじゃ悪いしね。
俺の部屋も先輩がいつ来ても問題ないようにはしてある。
「そういえばそんなこと言ってたね」
「もしそこで先輩が俺の部屋を選んでたら、そのうちやってきたマユとバッティングすることになりません?」
「確かに。わたし達がキミの部屋に行くって決まってからマユちゃんに帰るように連絡しても、マユちゃんは時間的に既に電車内か駅に着いちゃった後ってわけだね」
「そうなります。流石に夜の遅い時間に着くように一人で出歩かせるような歳じゃないですし、夕方のうちに向かうとするとそうなります」
高校生女子を知らない土地に日が落ちてから大荷物持たせて送り出すとか、まずありえない。
「じゃあ早朝からやってきた説はどうだい。これなら無理がないだろう。わたしがやってきたのは十一時前ぐらいだから、時間的な余裕は十分にあるよ」
「それじゃ駅前のスーパーで追加の食材買い物してくるって予定がこなせないですよ。十時以前に来ても店開いてないです。マユ、レシートあるだろ?」
「う、うん」
マユは鞄の中から財布を取り出すと、中から二つ折りのレシートを差し出した。
「ほら先輩見てください。レジ打った日時でわかりますよね。そっから多少迷いながらここまで歩いたなら時間的な余裕なんてほとんどないですよ」
「うーむ……。名探偵サヤカも今週で連載打ち切りか……」
「敗因はアバターがおっちゃんの方だったからですかね」
「麻酔針さえ……麻酔針さえあれば……」
「あれいつも思うけど、初動捜査でのあのおっちゃんのミスリードは捜査本部で問題にならないんですかね。事件が解決したらそれで全て水に流されるのか?」
「いつも大体なんだってーって警部は言うけど、周りがそれは違いますよってふつーに流してるから、いいんじゃない?」
「終わり良ければ全て良かった。いやぁ、それにしても昨日から泊まってた説は強敵でした。マユも来るってことでついでに部屋を整えておいた俺マジGJ」
流しやトイレや風呂等の水回りを改めて掃除したぐらいで、別に普段から散らかしてるわけではないけども。
「ふーん。するとわたしはマユちゃんのために整えられた部屋に誘われたわけだ。へーえ」
「私のことはついでだもんね。うん。わかってるよ、ユウお兄ちゃん」
「いやそういうわけでもないですけど……。な、何だこのプレッシャーは。なんで俺部屋片付けただけでこんな目にあってんの?」
先輩の目はじっとりしてるし、マユは張り付いたような笑顔を浮かべている。
おかしい。この空気は何故だか不味い気がする。
「なんでだろうねぇ。少なくともわたしの部屋はキミのために整えられてることだけは確かだよ」
「俺の部屋だって先輩がいつ来てもいいように普段から整えてありますよ。今回はたまたまです」
「今回はたまたまなんだ。ふーん。じゃあ、私、来週もお邪魔しちゃおっかな?」
「おいマユ? 俺はそんな話全く聞いてないんだが?」
突然振られた話に俺は大きく目を見開く。
「今思いついたからね」
「いや、俺にも色々予定というものがだな」
今回一回限りだと思って受けたのに、これが毎週になったらとても困る。
「もしかしてそれはサヤカさんとイチャイチャするって予定かな?」
「もちろんだとも。それ以外にユウ君に予定なんかないよ」
「だから先輩が俺の予定を答えないでくださいよ。まぁだいたい間違ってませんけど」
なんでこの人いつも俺の予定勝手に決めちゃうんでしょうね。いやぁ困ったものだ。
「そもそも! 私、ユウお兄ちゃんに彼女が居るだなんて話聞いてないんだけど?」
マユは両手を腰に当てて、なんだか睨む一歩手前のような顔をしている。
「それって、報告が要るものなのか? 俺はお前に彼氏ができても別に絶対に報告しろとは思ってないが……」
どう考えても恥ずかしいだけだろうそんなもの。お互いに。
「……あっそう。そうだよね。所詮お隣さんの私なんかには関係ない話だもんね。じゃあ、しっかり関係のあるおばさんには彼女できたみたいですよおめでとうございますって伝えておくね」
「ちょおおお!? マユさん? 早まった真似はやめよう? いや、やめましょう?」
「なんで? ユウお兄ちゃんはサヤカさんとイヤイヤ付き合ってるの? めでたくないの?」
「もちろんそんなことはないが……。いや、そういうことじゃなくてだな。わざわざバラす必要性がないというか、知られると面倒というか」
「既成事実化もいいよねぇ……」
「先輩!?」
なんとしても、母親にだけは知られるわけにはいかない。
あの井戸端会議の鬼に知られたが最後ご町内のご婦人連中全員に知れ渡ってしまう。
道を歩く度にあらやだ彼女持ちのユウ君じゃないのー。おめでとーとか言われるのだ。
軽く死にたくなるぞあれ。なお実際にされたやつを俺は見ている。絶対に嫌だ。
俺は何故か突然機嫌の悪くなったマユを相手に。絶対負けられない戦いを強いられる。
万能解決法のダッツさんはもう使ってしまった。
頼れるのはもう君しかいない! 頼んだぞ、シュークリームさん!!
……なんだか今日はこういうのばっかだな?




