第五十五話 教え子は、笑顔の眩しい中学生
「先輩、どうしまし」
「あ、先生! こんにちは!」
声を聞いた瞬間、俺は問答無用で左手をマユの腕の中から引っこ抜く。
この俺を先生呼ばわりする、ちょっと幼い話声。
俺的にはちょっと聞き覚えがある、馴染みの声。
「お、おう。タクヤ君、こんなとこで奇遇だな。今日はどっかにお出かけか?」
俺は何事もなかったかのように、横道からやってきた少年少女を振り返る。
「はい。今日はお姉ちゃんに、イベント会場に連れてってもらうんです!」
「……ども」
この二人は、俺の家庭教師先の男の子であるタクヤ君と、そのお姉さん。
俺はタクヤ君は当然として、お姉さんの方とも多少は面識がある。
向こうにしてみれば自宅に帰ってきたら俺が居るって感じなのだろうが、まあ顔を合わせれば挨拶ぐらいはする仲で。
あまり愛想のある感じではないが、このお姉さんはいつも大体こんなもんだ。
「はいこんにちは。ああ、こないだ言ってたサイン会だっけ? 今日だったのか」
確か前回の授業で、都心でやる好きな漫画家のサイン会に行くって言ってたな。
タクヤ君は中一で、お姉さんが高一か。保護者的にはギリギリってとこだな。
「はい! 先生も彼女さんと……あれ? 違う人?」
嬉しそうに俺を見上げた顔を隣に向ければ、そこには憮然としてるマユが居て。
見たことがない人がそこに居ることに、心底不思議そうな顔をするタクヤ君。
「え? あー、うん。ちょっとな。先輩もちゃんと一緒だぞ。ほら、あそこ」
そんなタクヤ君の視線を背後に促すと、先輩はユキコさんと一緒にこちらへ歩き出したところだった。
「あ、ホントだ。サヤカさん、こんにちは!」
それを見たタクヤ君、待ちきれないとばかりに早速先輩のもとへ駆けて行く。
うん。タクヤ君、この間初めて先輩と会った時から授業の度に俺に色々聞いてきてたしな。
やっぱ先輩のこと、気になっちゃったりしてるのかな?
でも、先輩は俺のだからあげないよ? 他の人を探してね。
「……てか彼女いるのに別の女と腕組んでるとか。キモ……」
と、一緒に居たタクヤ君のお姉さんが物凄く鋭いナイフで俺の心を抉ってくる。
で、ですよねー。あの距離じゃ確実に見られてますよねー。……マズったなぁ。
「え、えーとな。この娘は俺の」
「いやそういう言い訳とかいいんで。キモ……」
oh……。取り付く島もないとはこのことだ。てか、語尾のそれって固定なの?
次回から気まずくなりそうだなーと思っていると、横のマユさんが動いてた。
「今のは、サヤカさんとユウお兄ちゃんをからかってただけだから。貴方が想像してたようなことは、実際ないよ」
「だからなに? そういうの私には関係とかないし」
タクヤ君のお姉さん、突然なんなのこの女って態度が視線にもうありありで。
まぁ初対面なら無理ないけども。もうちょっと隠す努力とかしたほうが。
必要ない? そうだよねぇ。もう会うこともない二人だろうから、まぁいいか。
「じゃあ、いちいち感想とか言わなくてもいいよね。関係ないなら、そこで静かにしててくれるかな?」
マユさん、一刀両断である。タクヤ君のお姉さんも気迫に若干戸惑ってる感じ。
いや、かばってくれるのは嬉しいけれど、余計ややこしくなるからやめようか。
というかかばうもなにも、発端はマユさんなんですからね? 自覚して?
「……ちっ。そうですね。関係ないんで黙ってます」
「…………」
ねぇ、なんなのこれ。空気、ものすっごく悪いんだけれど。
マユって、こんなに攻撃的な対応とかしてたっけ? 見覚えないぞ。こんな顔。
「まぁ、先輩と俺は超順調だから。ホントにそういうことはないからね。タクヤ君にも、そこんとこノーチャンだって言っといてもらえると助かるな」
タクヤ君のお姉さんからも、付き合うなら同世代って言ってあげてくださいな。
「知りませんよ、そんなもの。言いたいならご自分で」
「うーん。俺が言ってもいいんだけど、授業の方に影響があっても困るしなぁ。タクヤ君、最近成績伸びてきてるからさ。できればこのまま伸ばしてあげたいとかも思ってて」
「……そうですか」
「そうなんだよ。タクヤ君、まぁよくある小学生時代の課題をそのまま放置してたタイプでね。基礎を整え直してやれば、今が一番伸びる時期なんだよね」
「……わかりました」
「特に英語とか、中学に入ってから初めて本格的に始めるじゃない。今はできれば他は手っ取り早く片付けて英語に集中したい時なんだよね。ってなんか言った?」
タクヤ君の急成長っぷりをお姉さんに披露するのに気を取られてしまって、うっかりよく聞いていなかった。今、合間になんか言ったよね?
「わかったって言ったんです。何度も同じこと言わせないで。キモいし」
「いや最後のとか、明らかに要らない奴だったよね? 流石に関係ない時はやめようぜ?」
でないと俺の心が折れても知らないぜ?
「……チッ」
ええー。いくらなんでも俺に対する友好度、低すぎない? 俺が一体何をした。
「…………」
うおーい。なんか隣でマユさんまで超不機嫌になってるんだけど。俺これ一体どうすりゃいいの。
「ねえユウ君、この子って……」
「ああ、先輩。俺が家庭教師してるタクヤ君ですよ」
無言で牽制しあう二人に途方に暮れていると、ちょうどそのタイミングで先輩達がタクヤ君を連れて合流してきた。
先輩、ナイスタイミングでグッジョブです! 正直ホントに助かった。
「ああ、だよねぇ。一回、会ったことあったよね」
「はい! その節は、大変お世話になりました!」
「おやおや、難しい言葉知ってるね? と言っても、お世話は別にしてないかな」
そう言って先輩がくすくす笑うと、タクヤ君の顔がものすごくとろけだす。
「いえ! やる気とか、えっとやる気とか、いろいろ貰っていますから!」
モチベーションな。確かに大事だけども。だけれども。
「まぁ成績伸ばしてるのは事実なんで。ちょっとだけ褒めてあげてもらえます?」
しゃあねぇな。今度だけだぞ。次はない。せいぜい俺に感謝するが良い!
俺は先輩に目で頷くと、タクヤ君の両肩を後ろから抑えて前に出してやる。
「ん。勉強、頑張ってるんだって? 偉いね。これからも頑張ってね?」
そう言って、ついでに頭をなでなでのサービスまでしていくこの先輩よ。
微笑ましそうにしてるけど、ちっちゃくてもこの子一応中学生……。
「ありがとうございますっ! がんばりますっ!」
いやまぁ、本人が喜んでるなら別にいいんだけどさ。
タクヤ君、君は本当にそれでいいのかね。
多分君、今男としては見られてないぜ。
まぁもっとも、そんな風に見させるつもりもないけどな! させるかよ!




