第五十四話 初めましてのおねーちゃん。その正体は、感染源。
「関係性……。今の私って、ユウお兄ちゃんにとってどういう存在なんだっけ?」
「え、さっき妹分だって自分で言ってただろ? 違ったの?」
てかついさっき、朝食前の話だぞ? もう忘れちゃったの? 大丈夫?
「妹分? 兄貴分とかのあれかな?」
「そうそうそれです。妹的存在? みたいな」
ユキコさんが首をひねれば、マユはここがポイントって人差し指を振っている。
「するとマユちゃんは、ユウ君にとってかなり身近な存在ってことでいいのかな」
「ですね。家もお隣なんで、よくお世話したりしましたよ」
「ほうほう。それじゃ、ユウ君に対する私みたいな?」
「そうそう。そんな感じです」
俺も適度に補足しておくと、ユキコさんはふむふむと頷いている。
「ユウお兄ちゃん? そういう風に言われると、私だって言いたいことの一つや二つ、出てくるかもしれないよ?」
そんな頬膨らませなくても、わかってますよもちろんね。
「すまんすまん。俺の方も、かなりマユにお世話になってるよ。いつもありがとうございます」
こういうときは、ありがとう。謝罪の言葉より、感謝の言葉。
感謝はちゃんと伝えないと、伝わらない。ここ、テストに出ますからね。
「ん。どういたしまして。最近それもなくなってて、ちょっと寂しかったけどね」
「ああ、ユウ君がこっちへ出てきたから?」
「ここは地元から、ちょっとだけ遠いですから。ユウお兄ちゃん、GWにも帰ってこなかったし……」
そんな半眼で見られたって、四月に出てったばっかで五月の頭にもう帰ろうって奴の方が、甘ったれって言われるんじゃないですかねぇ?
「あー、今年のGWはねー……。うん、そこは勘弁してあげるといいかもね」
「ユウお兄ちゃん、GWに何かあったんですか?」
「うーん。まぁ、ちょっとね。彼もあれでなかなか……」
「はいそこまでー。ユキコさんも、ね?」
話がなんか怪しげな方向に転がりだしたので、速攻でストップをかけておく。
まったくマユは。ちょっと目を離すとこれだから。まったくもう。
本人の目の前でナチュラルに聞き込みかけるとか、そういうのやめてよね!
「ごめんごめん。いや話の流れでつい、ね」
「ユウお兄ちゃん。今は私とユキコさんが、お話してるんだけど?」
知ってますよ。だからとめたんでしょうが。
こりゃ後でもう一回、ユキコさんには口止めしといたほうがいいかもな。
「内容は俺のことについてだろ。プライバシーにより開示を拒否します。はいこの話はおしまいおしまい」
ほんっと俺のプライバシーって存在するの? ってぐらい考慮されないよね。
もし俺が君達のこと聞きまわったら、それ速攻で吊るしあげられる案件よね?
それと同じこと、今してるんですよ! 自覚して!
「ぶー。なら、もっとちゃんと帰ってきてよね。お姉ちゃんも、そろそろユウお兄ちゃんの顔忘れそうって言ってたよ」
マユのお姉さん、つまり俺にとっては三人目の幼なじみになるわけだ。
いや、時系列的には一人目なんだけど。なんかこれ、ややこしいな。
今はもう働いているから生活時間が俺とずれていて、地元に居た頃も結構すれ違いが多かった。
それでも日曜などの休日は顔を合わせることもあったから、それで忘れられなかったのだろう。
「あの人はあの人で俺に興味なさすぎでしょ。二十年以上見続けた顔、普通三ヶ月程度で忘れる?」
まぁ半分ぐらいは冗談なんだろうが、人の顔を覚えるのが苦手なのは事実だな。
でも引っ越して五年目ぐらいになるご近所さんに挨拶されてキョドるのは、いい加減なんとかした方がいいと思う。
あれで社会人生活をなんとか成り立たせてるわけだから、ねーちゃんの持ってるスキルは案外凄いものなのかもしれないな。
「この間高校の同級生にばったり遭遇したらしいんだけど、まったく誰だかわかんなかったって言ってたよ」
「高校レベルで!? 中学とか小学校時代のならまだわかるけど!」
うーん、あれかな? ほら化粧とか凄いじゃない? そのせいかな?
大学デビューとか社会人デビューで、すっごく化ける人とかいるからね!
でもなけりゃ、まったくかけらもわからないって流石にない。
「これで夏休みにも会わなかったら、お正月で顔合わせた時に初めましてって初対面の挨拶されちゃうかもね?」
「いやいやまさか。いやいや。……ないよな?」
マユさん、怖いこと言わないでくださいよ。
ねーちゃんに初めましてとか言われたら、俺、泣くよ?
「親戚のおじさんは、あれがお姉ちゃんの持ちネタだと思ってるということだけ」
そういうマユさんの表情は、可哀想なものを見る目でしかなかった。
ちょっと、おい、やめろ。ネタもそこまで貫き通すと今度は否定できなくなる。
「まぁ、あれよ。夏休みぐらいは多分どっかで帰るから。うん。多分帰る。ってか向こうから来るだろそういやさ」
夏休みのバイトはどうしよっかなぁと考えだしたところで、そういやそうだったと頼まれていたことを思い出す。
「向こうから来る? ってお姉ちゃんが? こっちに?」
「おう。昨日使ったエアーベッド、あったろ。あれ用意したの、ねーちゃんだ」
ほら、昨日のポヨポヨ観察日記……あ、視線がとても厳しくなりました。
それにしても、あれはとても良いものだった。またやろう。内緒でな。
「……なんで、お姉ちゃんがユウお兄ちゃんの部屋にベッド置いていくのかな?」
ちょっとマユ? 腕組みサービスは終了だって、さっきちゃんと言ったよね?
さり気なくぎゅっとしてきてるつもりかもしれないけど、それ全然さり気なくないですからね?
「いや、ねーちゃんが俺の部屋に来たってことはまだないぞ。物だけが引越し荷物にサラッと混ぜられていたんだよ」
記憶に無い荷物に首をひねってたら、電話がかかってきてそれ置いておいてと頼まれたのだ。
抜け目がないというか、先に言っとけというか、先に言ったら断られるとでも思ったのか。大正解です! こんなの普通に突っ返すわ!
「まさか、自分が泊まる時のため? でなきゃそんなことする理由がないよね」
「みたいだな。聞いたら、夏に使うからしまっておいてって言われたし」
くいくいと腕をマユから引き抜こうとするも、左手首の辺りをガッチリホールドされていて引っこ抜けない。
腕を前方にぐっと突き出して抜けだそうとすると、今度は体の前面を使ってぎゅっと捕らわれてしまった。もうこれ、抜け出すのは完全に無理な奴ですね。
ひとまず脱出は諦めて、せめて密着具合をもう少し離そうと右手でマユの肩の辺りを押し返す。
しばらくの攻防の末、位置が定まったところで放置する。
「お姉ちゃん……。毎年、来年こそは足を洗うって宣言してるのに……」
しがみついたせいで少々前傾姿勢になってしまったマユの横顔は、憂いを帯びた物悲しいものだった。
なあマユよ。そんなタバコをやめられない喫煙者を見るような目はやめてやれ。
あの業界、そうそう簡単に足抜け出来るようにはできていない。
何も見ず、何も読まなければ可能かもしれないが。
そんな世界、退屈すぎて俺だったらゴメンだね。
「もう無理だろ。ここならオフ会もバッチリって言ってたし……」
ただまぁ、オフ会は……。ほ、ほら、あれだよ、あれ。
彼氏とか、見つけてくるかもしれないじゃん? 出会いじゃん?
ヲタ彼氏。うーん、俺、認めてあげられるかちょっとわかんねぇなやっぱそれ。
「この分だと、来年は私の方に来そうだね……」
ここ、乗り継ぎの大きな駅が近いから。交通の便は最高なんだよなぁ。
来年。来年ねぇ。お姉ちゃんの決意とか、どうせ今年の分も無駄になるってわかりきってる対応ですねぇ。そうだよねぇ。
まぁ、俺というか俺達を育てたのは正しくねーちゃんだ。主に趣味的な話で。
そんな人がそうそう簡単に足抜けなんか、出来るわけがないのであった。
なんせあの人、サークルチケット持ちのエリート兵だからな。俺も大分お世話になった。
「だなぁ。……あれ? 先輩とユキコさんは?」
と、二人で話し込んでいたら、いつの間にか二人の姿が見えなくなっていた。
キョロキョロと周囲を見渡すと、ちょっと後ろの方で二人が立ち止まって話し込んでいるのが見える。
「先輩、どうしまし」
「あ、先生! こんにちは!」
声を聞いた瞬間、俺は問答無用で左手をマユの腕の中から引っこ抜いた。




