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第四十三話 何故なら、彼女もまた特別な存在なのです

「私は、ユウお兄ちゃんの妹じゃありません。隣りに住む、一人の年下の幼なじみの女の子です。ユウお兄ちゃんにはそろそろ、その辺のことも思い出してほしいな?」


 そしてマユが決定的な一言を告げる。


 俺はその言葉を紡ぐマユの唇を、ただ眺めていることしか出来なかった。



「ユウ君、動かなくなっちゃったんだけど」


「なんだか長考してるみたいですから、先に焼き魚温めなおしておきますね」


 マユに言われてからいろんな事をぼんやりと考えていると、目の前で二人がなにか話しているのがわかる。


 だが、その内容までは頭の中に入ってこない。耳には入ってくるが、そのまま逆の耳から抜けていく。


 なぜなら俺には今、それよりももっと他に考えることがあるからだ。多分、大事なことだ。


「お、悪いねー」


「いえ、あつあつの方が美味しいですから。出来立てがホントは一番美味しかったんですけどね」


 マユはそう言って先輩を軽く睨むと、キッチンの魚焼きグリルのスイッチを入れに行く。


 温めなおすだけならレンジでもいいのだが、どうしてもしっとりしてしまうのは避けられない。


 マユは焼き鮭のパリッとした感じを維持するために、面倒でも魚焼きグリルで温めなおすつもりなのだろう。


「たはは。反省してまーす」


「それ、昔記者会見で散々叩かれたやつですよね。全然反省してないですよね」


「そんなことないよー。わたしでも、反省ぐらいするさ」


「反省、してるんですか。じゃあ、どんな内容なのか聞いてみても?」


 戻ってきたマユは、横に片付けてあったお盆に自分の皿を載せる。


 焼き鮭の載った皿は長方形のちょうど焼き魚が一切れ載る程度の大きさで、サンマを載せたら多分はみ出る。その位の実にお手頃なサイズだ。


「んー? そうだね。マユちゃんに見つかる前に終わらせておけばよかった、みたいな?」


「そうですね。そうしてもらえると話が早かったかもしれません」


「ホントにね。つくづく惜しいことをしたもんだよ」


「……サヤカさんも、お皿下さいね。温めなおしてきますので」


 言われて見てみれば、お盆には既に俺の皿も乗っている。


 いつの間にか俺の皿も回収していてくれたらしい。


 お盆のサイズ的に皿三つは厳しいが、気をつければ載らないこともない。


「あ、ありがと。よろしくね」


 マユは先輩の分の皿も受け取ると、慎重な足取りで再びキッチンへ向かう。



「……で、長考して、考えはまとまったかい?」


「…………ひとつ。気になることがあります」


「聞こうか」


 マユがキッチンで向こうを向いたのを確認すると、先輩が俺にそっと問いかけてくる。


 俺は今まで考え続けて出した一つの疑問を、先輩にぶつけてみた。


「マユが妹じゃないとすると……俺は妹でもない奴に、ちゅっちゅされてたってことになりません?」


 だとするならば、これは相当なオオゴトだ。先輩になんと言われても、一切何の反論もできやしない。


 ましてやこの不始末を一体どうつけたらいいのかだなんて、俺には全くわからない。


「そうだね、その通りだよ。ようやく気づいた? キミ、あんな顔でちゅっちゅとか普通にされてる場合じゃないからね」


 だというのに、先輩はむしろ呆れるような視線をこちらに向けてくるだけだ。あれぇ?


 てかあんな顔ってどんな顔だ!? 俺、そんな変な顔してたのかな……。


「……ええ、今やっと気づきました。んで、これって相当ヤバいこと、ですよね? ホント、ちゅっちゅされて困惑とかしてる場合じゃなかった」


 たとえ真似事だと言っても、一般女子相手に許していい限度のラインというものがある。


 妹相手なら許されるということは、妹でもない相手なら当然許されるわけがないということなのだ。


 世間一般では妹でも許されない、むしろ妹だからこそ許されないという向きもあるが、今回の件にはそぐわないのでとりあえず横に置いておく。


 俺と先輩の中ではそれでOKが出ていたし、それは妹みたいなものだったから、という理由だったはずだ。


 そうでないなら前提がそもそも成立しなくなる。妹でない相手からは、ちゅっちゅなんて以ての外だということだ。


 ……てかさっきからちゅっちゅちゅっちゅちゅっちゅちゅっちゅうるせぇな!?


「うん。相当ヤバいよ。どのぐらいヤバいかって言えば、今そこでマユちゃんが全力ダッシュで戻ってきてるぐらいには、ヤバい」


 先輩が言い終わるのと同時ぐらいの速さで、マユがキッチンから飛び込んでくる。


 はやっ! 今、先輩喋ってるの四秒ぐらいしかなかったぞ。


「ユ、ユウお兄ちゃん。お話が、あります!」


 そしてそのままスライディング正座で俺の正面に静止するマユ。何そのテク。凄くない?


 昨日も先輩がそんなようなことしてたけど、なに? そういうの流行ってんの?


「お、おう。なんだ? マユ」


「さっきのあれ、やっぱなしで!」


「は? さっきのって?」


「やだな。私がユウお兄ちゃんの実妹ではないって話だよ。そう。私は隣りに住む、ユウお兄ちゃんのお隣さんの幼なじみの女の子で、ユウお兄ちゃんの妹分(・・)だってこと。実妹ではないけど、まるっきり赤の他人ってわけでもない、このびみょーな感じ、わかってもらえるかな!?」


 うん。マユがやたら早口で喋れるのはわかった。でも、言ってることはよくわからん。


 あと、両手を握りしめてふぁいとっ! みたいなポーズしてるけど、それ誰を応援してんの?


「……んん? んんん? 結局、マユは一体何が言いたいんだ?」


「ユウお兄ちゃん。……妹分となら、別にちゅっちゅしても問題ないんだよね? 普通のその辺の女の子相手はダメだけど」


 俺の質問には答えず、逆にずいっと身を乗り出してくるマユ。今のその間はなんなんだ?


「うーん。妹分であっても、あんまりちゅっちゅはどうかと思うけど。まぁ、攻略可能系女子相手ほどヤバくはないな」


 それも程度問題だとは思うけど、まぁ妹的な存在ならちゅっちゅぐらいまでならギリギリセーフなんじゃない? 多分。きっと。知らんけど。


「じゃあそれで」


 俺の発言に食い気味で被せてくるマユさん。会話はキャッチボールなんだから、相手が喋り終わるの待ってくれないと。困りますよ?


「じゃあってなんだよ」


 今のこの話って、料理屋で今日のおすすめ聞いてるんじゃないと思うんだけどな。


「つまり、攻略不可能系女子で行こう! ってことだよ! ね? それなら今のやり方でも、問題ないんでしょ?」


 人差し指を立てて力説するマユさん。にしても、マユさんはさっきから一体何を必死になってるん?


「まぁ……それなら。先輩から物言いがつかなければ、だけど」


 なんだかよくわからんが、つまりさっきの実妹じゃない云々は忘れて元通りってことなのか? そういう流れだよなこれ?


 まぁ、それならいいの……かな? だとするならば、結局マユは何がしたかったんだ。


 俺じゃイマイチ判断がつきかねるので、ここは一つ丸投げで先輩にスルーしてみる。


「……日和ったね。マユちゃん」


「……言わないでください。自覚は有ります」


 苦笑を浮かべる先輩と、目どころか顔まで逸らしているマユ。


 でも二人の間ではこれで十分なにやら分かり合えてるようなので、まぁ良しということにしておこう。


 話はどうやらまとまったらしいということで、俺はさっきからの懸念事項をマユに告げる。


「えー、で、だ。結局、焼き鮭はどうなったんだ? マユ」


「!!」


 またもやダッシュでキッチンに飛び込んでいくマユ。


 まったく。朝から忙しいったらありゃしないね。

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