前日譚 Case.17 RED MOON/storia
今回こちらはいつもの前日譚の追加となります。
前日譚は先輩彼女と後輩彼氏の二人劇で、本編開始前の時間軸になっております。
「はいはいはいはい。今出ます今出ます今出ますってば!」
ぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽ!!!!
こういうのなんて言うの? ピンポン連打? ご近所迷惑も甚だしい。
夕暮れ時がそろそろ終わりを告げ、夜の帳へと移行しようとする頃合い。
俺はインターフォンの連打という、なかなかない嫌がらせに対処を余儀なくされている。
こんなことをするのは、この部屋を訪れるなかではこの人しかありえない。
俺は扉を開けると同時にそこに居るであろう先輩に苦情をぶつける。
「いい加減にしてくださいよ、先輩! ご近所迷惑でしょ!」
こういうのはちゃんと言っておかないと、先輩普通にまたやるからな……。
「ユウ君! ユウ君ちょっと! ちょっとこっち!」
うん。聞いてない。わかってた。わかってたけどいきなり引っ張られるとは思ってなかったかな!!
俺は扉を開けるなり、そのノブを掴んでいた手を先輩に思いっきり引っ張られた。しかも全力で。
「なに! なんなの!? ちょっと、先輩!!」
俺は逆の手で必死にノブに食らいつくと、先輩の引きずりに抵抗する。
どっか連れてくにしても、せめて扉の鍵ぐらいかけさせて!!
と、先輩の俺を引っ張る手が腕から襟に持ち替えられて、今度は俺の首がキュッと締まる。
「いいから! はやく! 来る!!」
首! 締まってるって! 原始人か! 会話しろ! 死ぬ! 俺が死んじゃう!!
なおもジタバタしているとやっと異変に気づいたのか、先輩の引きずる手がふっと緩む。
「ゲホッ! ゲホゲホッ! 殺す気か!!」
「開口一番でいきなり物騒な発言とは……。キミ、どったのよ?」
「先輩がやったんでしょ!? これ!」
締痕が残っていても不思議ではない首を指して抗議するも、先輩は見事なまでにガンスルー。
「そんなことはいいから、はやくこっち! ほら!」
「わかった! 行くから! 鍵だけ閉めさせて!!」
俺は再び引きずられてはかなわないと先輩から一歩距離を取ると、慌てて扉の内側から部屋の鍵を取り出して玄関を施錠する。
「はやく! はやく! 早くしないと隠れちゃうよ!」
「はいはいはいはい今閉めました! 何? 隠れる? 動物?」
「違うよ! いいから、ほら!」
今度は先輩の手が差し出される。掴むのではなく、握る形で。
「わかりましたよ。行きますよ。これで大した事無かったら承知しませんよ」
俺はその手をしっかり握ると、先輩の案内に従って小走りで駈け出した。
「で、こんなとこまで連れて来てどうしようってんです? 夜景を眺めにでも来ましたか。まだ日も沈みきってないですけど」
現在の所在地は近くの複合商業施設の、一階エレベーター前。
複合商業施設と言っても某モールのような大掛かりなものではなく、スーパーと幾つかの小型店が同居している程度の、三階建てのこじんまりとしたビルだ。
乗り込んだエレベーターの行き先ボタンから察するに、どうやら用があるのは屋上駐車場フロアらしい。
先輩は先程の玄関先とは打って変わってダンマリで、質問には一切何も答えてくれない。
「まぁ、着けばわかるよ」
何を聞いてもこれしか言わないのだ。これじゃなんにもわからない。
仕方ないので先輩の様子をうかがうも、何やら興奮してるぐらいしか読み取れない。
興奮してるのなんて玄関先からわかりきってたことなので、実質ノーヒントとも言える。
スーパーの駐車場なんて車が関係ない我々からしたら、せいぜいが景色を見る場所ぐらいにしか思い浮かばない。
その景色もここには以前昼間に来てみたこともあるが、別に普通に街並みが見られるぐらいだった。
特段、このスーパーの屋上から何が見れるというわけでもなし。ホントどうしたんだろう。
ポーンと音が鳴って、エレベーターのドアが開く。
先輩は一歩先にエレベーターを出ると、にししといたずら好きがするような笑顔で手招きをしている。
「まぁ、先輩が楽しそうで何よりですけど……。何を見せてくれるやら」
「すっごいからね。覚悟するといいよ」
「はいはい。すごいったってこんなとこじゃ……」
エレベーターフロアの自動ドアを抜け、ひらけた外を見た瞬間、俺の時間が固まった。
紅い、月。
しかも満月だ。
視界にはそれだけが映り、他のものは何もない。
でかい。あかい。すごい。
なにより、言葉にならない。
圧巻とは、このことこそを指す言葉だ。
「……ふふ。だから、凄いって言ったでしょ?」
「…………。凄い、ですね。確かに凄い」
何なのこれ。スーパームーンって奴なの? しかもなんで紅いの? いや赤いの?
超真っ赤なんですけど。ここまでデカくて赤い月って見たこと無いな俺。
遮るものが何もない、こんなビルの屋上だからこそ堪能できる。このフルサイズ。
確かにこれは他の場所じゃ味わえないものだろう。
「キミの部屋からでも見ようと思えば見れるんだけど、やっぱ視界いっぱいってわけにはいかないじゃない?」
「そうですね。四階って言っても、他にも同じぐらいの高さのビルとか普通に視界内にありますし」
「その点この駐車場は穴場だよ。実質四階の高さで、周りに高層建築一切なし! ついでに地上じゃないから電線や高架も一切なしの好条件!」
「いや確かにすげーわ。うわー。いいもん見た。先輩、ありがとうございます」
「ふっふっふ。そうそう。キミはそうやってわたしにひれ伏すがいいよ」
実際、それだけの価値があると思わせるような赤い月だった。
住宅街の少し上を、物凄い存在感で浮かんでいる。
そのありえないような非現実さをぼんやり眺めていると、先輩がそっと隣に立って俺の手を取る
。
その手は無理やり引きずる手でも、先を急ぐように握る手でもなく、いつもの心の落ち着く指先だった。
俺は今まで耳に入ってこなかった店内有線をBGMに、絡めた先輩の手をそっと握り返す。
秘密の黄昏、か。歌詞の内容覚えててやってんのかなこれ。
だとしたら、先輩もなかなかやりおるわい。




