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第四十四話 被害担当艦、皮目 のち、先輩

「……ええと、ひ、被害は最小限で食い止めました!」


 そういうマユの正面には皮目が多少焦げてしまった焼き鮭が、三皿並んでいる。


 結局、間に合わなかったらしい。と言っても、被害は軽微で住んだようだが。


「うんまぁ。皮が焦げたぐらいでよかったよホント。俺は皮は要らない派だから、特に文句もないし」


 可食部分がパリッとしてればそれでいい。そして見るからにパリっと美味しそうに出来てるから、何の問題もない。


「右に同じだよ。カレーの二の舞いにはならなくて、本当に良かった」


 先輩がそう追従すると、マユはよかったという感じで胸を抑えてほっとする。


「あれは悲しい事件でしたね……」


 思い出すだけで今でも鼻の奥がツンとしてしまう。久々のマユのカレーだったのにな……。


「あはは……。カレーはまた今度作りに来るよ。では、冷めないうちにいただきましょう」


 近いうちにまた食べられるなら是非もない。まぁ、マユなら頼めばいつでも作ってくれるんだろうけど。


「だな。いただきます」


 マユがせっかく温めなおしてくれたのだ。温かいうちに食べてしまおう。おなかへった。


「いっただっきまーす」


 まず味噌汁を一口。ずずっとすする。豆腐とお揚げは箸で抑えて、汁だけを飲むのが食事を始める儀式になる。


 こちらもさっき鍋ごと温めなおしたみたいで、あつあつの味噌汁が寝ぼけ気味の胃袋を叩き起こしているのをしっかりと感じる。


 胃袋の覚醒に手応えを感じたならば、次は白米の出番。ちょっとだけ多く取り、口の中に放り込む。


 口の中に味噌汁の味が残ってる間に、白米で後を追う。ひと噛みごとに、白米の塊がほどけていく。


 ああー。日本人でよかった。この瞬間だけは痛切にそう考えてしまう。


 海外に行った人が、日本に帰ってきてまず欲しがるのが味噌汁と梅干しだという話もあるくらいだ。


 この朝一番の味噌汁の味を思えばこそ、そう考えてしまうのも仕方のない事だと言えるだろう。


「それで、今日の予定なんだけどさ」


 俺が一人日本人の喜びを噛み締めていると、先輩が箸で手元の鮭をほぐしながら今日の予定について話しだす。


「集合時間は十一時でしたっけ。じゃあ、十時半ぐらいに出ればいいですかね」


 駅までは、ゆっくり歩いても三十分もあれば十分着ける。ちょうどいい頃合いに着くことだろう。


「それなんだけどね。わたしも流石に一回、部屋に帰りたいと思っててね」


「ああ、そりゃそうですよね。この泊まりだって、本来予定にないことでしたし」


 そういえば、先輩ももう少しで丸一日部屋を開けてる計算になる。


 洗濯物とか、うっかりベランダに干したまま出てきてないだろうな。


 昨日の雨の様子だと、ほぼ間違いなく全滅していることだろう。


「それもあるけどね。お出かけ用の装備が全然足りないんだよ」


 先輩が手にしていた味噌汁の椀を置いて、壁際の自分のバッグを指差す。


「なるほど。女性って出かける時必ずバッグ持ってますもんね」


 男からしたら大変だなぁとしか思わないあのバッグには、女性が女性であるための装備が色々入っているらしい。


 それにしても焼き鮭が美味いな。俺、魚の中で一番好きかも。ド定番だよね。


「とゆことで、行きがけに一度わたしの部屋に寄って欲しいんだけど」


「ええ、構いませんよ。すると、ここを出るのはどのぐらいにしたらいいですかね?」


 話の合間に、海苔が欲しいという先輩に人数分の個包装を筒から取り出して各自に配る。


「んー、諸々考えると準備に一時間ぐらいは欲しいから、九時半ぐらいでいいんじゃないかな?」


「それ、先輩の部屋に行く時間も足しといてくださいね。てことで、大体九時ぐらいに出たらいいですかね?」


「なんだかんだで意外と早い時間になっちゃったね。マユちゃんはそれでも、大丈夫?」


 男の俺はそんな身支度に時間もかからないが、マユはそうも行かない。確認しておくに越したことはない。


 と言ってもマユはまだあまりメイクとかそう言うのはしてないようなので、そこまでかかるってこともないとは思うが。


「そうですね。そうなると、朝ごはん終わったらすぐ支度に取り掛かるぐらいのつもりでいたほうがいいですかね」


「だね。悪いけど、よろしくね」


「はい。わかりました」


 二人の話がまとまったところで、ごちそうさまでしたっと朝食を終える。あー、美味かった。朝から満腹満腹。


 と、そこで熱いお茶がスッと出てくる。マユさん、まだお食事中でしょうに……悪いねぇ。


 ありがとうと受け取って熱々のお茶を一口。あー、ほっとする。やっぱ食事の後は、熱いお茶が一番だよね。


「あ、朝食の後片付けとかは俺がやっとくよ。マユは先にシャワー行っとき」


 今、食後のお茶まで貰っちゃったからな。それくらいはやらせてくれないと。


「ん。それじゃ、お願いできる? ありがと、ユウお兄ちゃん」


 お茶碗を持ったまま、マユが微笑む。


 なんだかんだで、マユの方もじきに終わりそうだな。


 先輩の方は今最後の味噌汁を片付けてるところだ。


「なんの。朝食、作ってもらったしな」


「ちょっと、焦がしちゃったけどね」


 マユが指差す先には皿の上に残った、少し焦げた焼き鮭の皮。


「昨日の先輩よりはマシだから、大丈夫」


 うむ。あの焦げたカレーに比べれば、こんなものないも同然だ。


「ユウ君、それはちょっと酷くない!? 昨日のことなんてもう時効だよ時効」


 酷いことなど何もない。カレー殺しとは! そう簡単に許されるものではないのだ!


「先輩の中で時効になるの早いな!? カレーの恨みをそう簡単に忘れられてたまるもんですかってんだい」


「まぁでも、あれはあれで美味しかったからいいじゃない」


 と、あくまで悪びれないふてぶてしい先輩。


 まぁね。普段とはちょっと違う感じがね。


「だからこそおかわり、したかったですね……」


「キミはホントに食いしん坊だね……」


 先輩の視線が冷たい。なに。なんなの。俺はなんにも悪くないというのに、この仕打ち。


「失礼ですね。愛が深いといってもらおうか」


 俺はそれにもめげず、逆に胸を張る。俺の中でのカレーへの愛は、誰にも何ら恥じることなど無いのだから。


「それ、君の場合は愛が重いって言うほうだと思うよ」


「なんと。先輩は俺のこと普段からそんな風に……」


 先輩の追撃に、俺は大層ショックを受けたように床に崩れ落ちる。


「いやいやいやいや。これ、カレーの話じゃなかったのかい!?」


「だって先輩が俺の愛は重いって……。ウザいって……」


 視線は床に固定。顔は先輩から目一杯逸らすように。表情は苦悩を表すしかめ面。


「言ってないよね!? わたしそんなこと一言も!」


「マユ……。俺、もう立ち直れないかも」


 俺がそう言ってマユの隣まで這い寄ると、マユは俺の片手をそっと両手で包み込む。


「そっか。辛かったね、ユウお兄ちゃん。私で良ければ、慰めてあげることぐらいは出来るよ」


 そして慈愛あふれる笑顔でのこの一言。癒される。魂が癒やされるのを感じる。


「頼めるか?」


「もちろんだよ」


 マユが俺の手をギュッと引き寄せると、俺とマユが自然と寄り添う形になる。


「ねえ、もうそろそろいいんじゃないかな!? その茶番、いつまでやってるのかな!?」


「先輩が反省するまで?」


「私がユウお兄ちゃん分を補充し終わるまで?」


 先輩はテーブルに両手をついて、身を乗り出しながら抗議してくる。


 先輩は早いところ自分の罪を直視したほうがいいと思います。


 てか、俺分ってなんだ? どんな成分構成してるんだよそれ。


「ちょっと? 俺にそんな成分はないからね?」


「あるんだなぁ。これが」


 自信満々のマユさん。見ればいつのまにか先輩まで頷いている。


 あれ、これ、俺だけが知らないってやつですかね。


「なんと……。本人も知らなかった衝撃の事実がいま、明かされている」


 軽くショック。俺がショック。俺もあれかな? 先輩分とか作ったほうがいいのかな?


「他のみんなには、内緒だよ?」


 片目ぱちんのウィンクに、唇へ右手の人差し指を一本添えて。うーん、これは狙いすぎですねー。


「いやそれ俺自身にも内緒だったよね?」


 秘密主義がすぎると思います!


 今日からは俺成分の販売自粛を申請します。


 そう告げられた二人の猛攻に、俺はあっさり白旗を揚げさせられる事になるのだが、それがわかるのは今からぴったり五分後の事だった。

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