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第二十九話 軍曹

「ねえユウ君。わたしの目の前で随分面白そうな話してるじゃないか。もちろん、わたしも混ぜてくれるよね? ねえ?」


 こうおっしゃってるわけで。


「そりゃ構いませんけど、混ざるって一体どうしようってんです? 先輩も一緒にマユカワしますか? 大歓迎ですよ」


「それもやぶさかではないけど、また後でね。それより、キミがなんでそんなマユちゃんの水着コーデに精通してるかってことだよ!」


「そうです。ユウお兄ちゃんがそんな女子の水着なんかに詳しいはずがないです。その知識はどこから来たのか、追求する必要があると思います!」


 こういう時マユさん相手は分が悪い。いろんな事を知られちゃってるからな。


 俺はとりあえずマユさんの方はスルーして、先輩に突っ込んでおく。


「やぶさかではないんだ。先輩もなかなかマユに籠絡されてきているようですな。どうです、マユはかわかわでしょう?」


 気をつけろ! うっかりすると骨抜きにされるぞ! この魔性の女め! 可愛いから許すけど!


 その魔性の女さんは後ろの方でうーっとこちらを威嚇している。


 流石にちょっといじり過ぎたかな? 反省しなきゃ!


「それはいいから。はぐらかさない。だいたい普通、男の子が資料も見ずにあんなペラペラ水着について語るなんてありえないでしょ。さあ、なにがあったのかキリキリ吐いてもらおうじゃないの」


「まぁ色々あったことは確かですが、そんな大したことでもないんですけどね。俺の水着知識だって、去年の夏に見た雑誌のものでしかないですし。これ以外の種類なんて、俺詳しくは知らないですよ。ビキニとかパレオとかそれぐらいならわかるけど」


「ふぅん。雑誌? それはあれかね。えろえろな奴かね。このエロユウ君め。なんてエロス(りょく)なんだ」


 雑誌と聞いたら即エロエロな本を連想する先輩は、じゃあ一体何なんですかね。


「てかエロエロな奴には水着の名前なんていちいち載ってねーよ! 醒めちゃうでしょうが。だいたいなんでそう毎回毎回エロス方面にばかり持ってくんだ。このエロ先輩め!」


 言ったった! 言ったった! 普段言えないことでも言ったった!


 先輩もたまには反省するがいいよ。そりゃえろえろな奴も確かにたまには読むけどさ!


「なっ……。わたしが……エロス? わたしが……敵!?」


 先輩は両手をわなわなさせながら、目を大きく見開いてフリーズしている。


 おお、よく効いている。これはいいおくすりですね。


「いやエロス自体は敵じゃないでしょうよ。セクハラは敵でしょうけど」


 過剰なエロスの否定は人類を滅ぼすからね。ほどほどにね。


「じゃあ、ユウお兄ちゃんは余裕で実刑だね。執行猶予もつかないよ」


 先輩が自爆で沈んだら、次は満を持してのマユである。


 立った上に両手を腰に当てて、上からの見下ろしスタイル。


 これはなんとありがたい。ご褒美でございます。なむなむ。


 じゃなくて、今なんて?


「あれ? なんで俺欠席裁判で収監寸前になってんの? 人道的配慮は?」


 思わず拝んでて気づかなかったけど、なんか俺の営倉入りが決まってる。


「そんなもの知りません。とにかく有罪だよ。ということで、この部屋は今から家宅捜索の対象になります」


 マユ軍曹が物騒なことを言い出した。でも家宅捜索は警察の仕事じゃ……?


 は!? これ憲兵か! マユは一体何役兼ねるというのか。恐ろしい恐怖政治が始まる。


「普通順番逆じゃね!? まず捜査で証拠固めてから裁判始めてくださいよ! ちょっとサイバンチョ!」


 あ、サイバンチョはさっきエロスの敵として沈んでったんだった。


 ところでマユ軍曹、なんで腕まくりなんてしていらっしゃるんですかね。


「怪しい物って言ったら、ベッドの下がやっぱ定番だよね? ……ユウお兄ちゃん、なんで服しか入ってないの?」


 それはね、そこが衣替え用衣装入れだからじゃないですかね。


 てかなんでそんなこと不満気に言われてんの、俺。こんなの絶対おかしいよ!


 だからマユさんってば。そんな張り切っても別に何も出やしませんよ。


 ね、もうやめよう? あ、特にその棚とかは触らないほうがいいと思うなぁ……。


 いや、これは軍曹のために言っているのであります! 忠告なのであります!


 ……だから言ったじゃん。そんな顔赤くして怒ったって俺知らないよ。言ったもん。


 簡単に人の部屋を家捜ししちゃうような悪い子は、そこで赤くなって反省してなさい。




「……それで、結局雑誌ってどんなのなの」


 なんとか家探しをやめさせて、一旦全員でテーブルに戻ったら改めての仕切り直しである。


「最初からそう聞けばいいものを。随分と遠回りしたものですね?」


「うるさいよ。皮肉は聞かないよ」


 先輩は虫を追い払うようなしぐさでしっしってやってる。自分で始めたくせに失礼な。


「まぁ勿体ぶることもないんですけどね。去年マユが俺の部屋に置き忘れてった女性雑誌ですよ」


「……そんなことあったかな? まったく覚えがないんだけど……」


 うーん、と首をひねるマユ。心当たりはなさそうだ。


「ちょうど去年の今頃、マユが可愛い服見つけたんだけどこれどうかな、って見せに来たことがあったろ。その時見せに来た雑誌を忘れて帰ってったんだよ」


 意外にシンプルに大人っぽい感じのを提案されて、ちょっとびっくりしたんだよな。


 多分実際に見たらそれなりに似合ってると思う、ということを当時伝えた次第。


 基本男にファッションの事聞いても良いか普通かヘンしか言わないものなんだぞ!


 俺は頑張った。うん。えらい。


「うーん。どの時のことかさっぱり思い出せない……」


 まぁマユさん他にもどうでもいい用事でけっこう来てましたからね。そのうちの一つだったわけだけど。


「つまりよくあることだったってわけだね」


 その通りです。


「まぁそうですね。特に珍しくはなかったですね。んで翌朝マユに会った時に雑誌忘れてったぞって伝えたら、もうすぐ来月号が出るからそれは適当に処分しといて欲しいって言われたわけです」


 まぁそうなったら捨てる前にどんなこと書いてあるのかなってペラペラめくるぐらいはするよね。


 ほら、特別なこととか何もない。ふつーだよふつー。


 この夏の水着特集があったから捨てなかったとかそういうことはないよ。


 ないんだ。いいね?


「なるほど。なるほど。そういうのもありなわけだね」


 気づけばなんだか先輩が一人で納得して、うんうん頷いてる。


「どういうのがありなんですか。先輩、今の話から何拾ったんです? ほら、ちゃんと俺に見せてみて?」


 先輩たまにとんでもないもの拾ってるでしょ。そういうのは事前にホイしなきゃダメでしょ。


「やだよーだ。焦んなくてもそのうちわかるよ。お楽しみ、ってやつだね」


 俺がちょうだいのポーズで迫るも、小さくあかんべで逃げられてしまった。


 あの舌先だけチョロっと出すやつ、すっげーかわいいよね。つまり先輩はかわいい。証明完了。


「いやいやいや。それが俺にとって楽しいことかどうかなんて、わかんないじゃないですか。ほら、言うなら今ですよ。今なら特典として優しく抱きしめてあげちゃいます。それとも、先輩はこういうのは要らない人なのかな?」


 ほーらおいでおいで。こっちの水はあーまいぞ。


「うぬぬ……。要るか要らないかで言えば、そりゃあ要るよ。大歓迎だよ? しかし、目先の欲望か、この先の楽しみか、どっちを選ぶか。それが問題なんだよ」


 どっちにしろ欲望まみれじゃねぇか。先輩ったらもう。正直さんだな! 


 そういうの、嫌いじゃないぜ!


「わかりました。サヤカさんが要らないなら、私が貰っていきますね。はい、ユウお兄ちゃん。ぎゅーってして?」


 そこでずいっと先輩の横からマユが顔を出すと、腕を小さく広げてハグのポーズ。


 うーん、このためらいのなさ。これが……若さか!


「マユさん? マユさん今の話になんか関係あった? さっき失敗したからって、そういう自暴自棄はやめよう?」


 傷心のマユさんを気遣ってやさしくなだめてみると、マユさんがじっとこちらを見上げてくる。


「……ユウお兄ちゃんは、私にはぎゅってしてくれないの?」

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