第二十五話 電話
心休まるデザートタイムで一息ついて、二杯目のお茶をすする。
抹茶デザートの後に普通の緑茶はやっぱいいね。口の中を洗い流しても味に乱れがない。
もう一口とお茶をすすったちょうどその時、先輩がふと思いついたように俺に問いかける。
「ところでキミ、なんでユキコと連絡先交換してるんだい?」
むせた。気管に入った。しぬ。
「さっきね、そのユキコさんからユウお兄ちゃんの携帯に着信があったんだよ」
ちょっとまって。咳が止まるまで待って。
「ゲホゲホッ! はっ!? えっ!? なんで!? なんででんわ!?」
今なんてった? ユキコさんがどうしたって? メールじゃなくて、電話?
「キミ、少しは落ち着きなよ。テンパりすぎだから」
先輩が冷たく突き放すように言うと、マユがそれに続く。
「ユウお兄ちゃん、テーブルに携帯置きっぱなしで逃げ……出て行ったからね」
マユの視線の先はテーブルの上に置きっぱなしにされている俺の携帯。
そういや忘れてましたね。携帯の回収。財布はポケットに入ってたからそこまで思い至らなかった。
「だから代わりにわたしが出といたよ。戻ったらまた連絡して、だってさ」
……今、なんて?
「でたの!? 人の電話に出たの!? そこは誰も電話にでんわだよね普通は!?」
鳴ったからって他の人の携帯に出ちゃいけないでしょ!? 倫理観どうなってんの! 拾って来なさいよ今すぐ!
「人の……って言ってもわたしはキミの彼氏だし、ユキコは元々わたしの友達なんだけど? なんかおかしかった?」
いやおかしいでしょ。出ちゃいけないでしょ。それやっていいのは……家族でも厳しいな。あとは……妻、とか?
「サヤカさんがスピーカーモードをオンにして出て今居ないって話したら、また後で連絡頂戴ーって普通のテンションで切っていきましたよ。まるで普段からかけ慣れているかのような感じで」
マユの視線がテーブルの上を滑って俺へ届く。
「え、いや、うん。俺はそんなに頻繁に電話してるわけじゃないぞ。基本メールとかのやりとりだし。電話はあまりないし」
電話かけ慣れてるのは彼氏さんとよく電話してるからじゃないの? 俺は知らない。
「じゃあキミは、ユキコと頻繁にメールをやり取りしてるってことでいいのかな? なんで?」
「なんで……と言われましても。先輩の友人としてお付き合いさせてもらってるだけですよ」
「わたしの友人? 彼氏としてじゃなく?」
「いやそっちの先輩じゃなくて、一年度上の人とお友達としてって意味でです」
普段サヤカさんのことは先輩と呼称してるから紛らわしかったね。
さん付けの名前呼び禁止って言い出した時にじゃあ先輩でって一時的に呼んでたら、そのまま定着して抜けなくなっちゃったんだよね。
「ふーん……。お友達ねぇ……」
先輩は探るような視線で俺を見ている。
いやホントにないですって。
「だって、ユキコさんは安牌でしょ? もう彼氏さん居るわけだし。なんか起こりようもないですって」
流石にフリーの人相手は俺も不味いかなぁって気はするし。
変な誤解を招かないようにって考えたら、交友関係も彼氏持ちの人をってのは大前提だろう。
「はあ? キミは一体いつの話をしてるんだい? ユキコならもうとっくに前の彼とは別れたはずだよ」
「はっ!? え、うそ。俺そんなの聞いてない。なんで?」
まぁたった今、その大前提が崩されたわけだが。
「そこは今関係なくない? ユキコの恋愛事情なんてわたしは詳しく説明する気はないよ。大体聞いてないって、キミに一体何の関係があるって言うのさ」
先輩の疑いのまなざしがより強くなっていく。
いかん。これは今ちゃんと説明しとかないと後々ヤバいやつだ。
「え、いや、それは……。もうこの際だから白状しちゃいますけど、ユキコさんには先輩とのことを色々と相談に乗ってもらってたんです。身の回りで先輩のことについて相談できる人とか、あんまり居なかったから……。それでもフリーの人よりは、彼氏持ちのユキコさんの方がと思って相談をお願いしてたんですけど……」
男連中は言うに及ばず、同期の女子とお近づきになるチャンスもタイミングもなく。
まぁ後者はあっても困るけど。相談してより惑わされてたら意味が無い。
そんな俺が相談できる相手といえば、あの合コンで先輩と一緒に紹介された先輩のお友達連中ぐらいしか居なかった。
相談を持ちかけた時にはユキコさんにもちゃんと彼氏が居ることは確認したし、問題ないはずだった。
正直どのタイミングからフリーになっていたかとか、今振り返っても俺には全くわからない。
「……はぁ。そんなとこだろうとは思ってたけどね。キミ、考えが甘すぎるよ? 前にも言ったはずだよ。キミにはそんな気無くても、向こうもそうとは限らないって」
「はい……」
確かにそのようなことは言われた。俺には関係ない話だと思って聞き流してもいた。
「まぁでも実際、ユキコは略奪に来るようなタイプでもないから、気をつけてれば大丈夫だとは思うけど。これが悪女タイプだったらキミ、今頃酷い目にあってたところだよ?」
「はい……」
反論の余地はなく、心とともに俺の頭もだんだん下がっていく。
「忘れてるみたいだから言っておくけどね、キミが酷い目に合うということはその相手のわたしも例外なく酷い目に合うんだからね? 巻き添えはやめてね?」
「っ……はい」
もう何も言えねぇ。
すっかり意気消沈してしまった俺がしょんぼりしていると、それまで黙って様子を見つめていたマユが改めての疑問を口にした。
「ところで、そのユキコさんは一体何の用だったんでしょう? 折り返し連絡して欲しいってことでしたけど」
そうだった、忘れてた。
何の用かは分からないが、折り返し連絡が欲しいということはそれなりに急ぐ用件なのだろう。
俺は先輩とマユの視線を感じながら、連絡先からユキコさんを選んで通話ボタンを押す。
トゥルルルル。トゥルルルル。トゥルルルル。何回かコール音は鳴っているが応答する気配がない。
その後も五秒ほど待ってみたものの、一向に出る様子がないので一旦切断ボタンを押して終了させた。
「ダメですね。出ないです。何だったんだろ」
「さあね。わたしは普段キミがユキコとどんな話をしてるのかまったく知らないわけだし?」
うわぁ。言葉にすげー棘が生えてる。ハリネズミかな? 今は電気ネズミをその辺で捕まえるのが大ブームらしいですよ。
「いや……そんな大した話はしてないですって。俺お付き合いとかしたことないから、女の人のことについて困った時どうしたらいいか、女性目線からの話を聞いてたぐらいですよ」
恋愛経験がなかった俺に女性の気持ちをわかれとか無茶振りをするのは誰だ。わかるわけないだろ!
「ちょっと待って? ユウお兄ちゃん。それなら別に私でも良くなかったかな?」
マユがすかさず割り込んでくるが、それも考えないではなかったんだよな。すぐに却下したけど。
「マユは今日まで先輩のことは全然知らなかっただろ? けっこうめんどくさい事になってたから、事情に詳しい人のほうが良かったんだよ」
あの頃は先輩に振り回されるだけ振り回されて、正直マジで困ってた。
適したアドバイスがすぐに必要な状況で、欲していたのは即戦力なのだ。
「でも確かになんでマユちゃんに聞かなかったのかってのは、わたしも気になるね。ややこしかったのなんて、最初のうちだけでしょ? 付き合っちゃってからはもう周りのことなんか関係なかったわけだし」
そんなこと言われても。一番大変なところを超えてから改めてマユに相談し直すより、引き続き相談に乗ってもらってた人に聞いたほうがスムーズでしょうがよ。
「そもそも、その付き合うまでが大変だったわけですが……。もう忘れちゃったんですかね」
「うーん? 正直、わたしはわたしの思った通りに行動してただけだし。キミみたいにヘンに考え過ぎたり妙な手回しとかしないから、別に大したこともなかったよ」
俺は手のひらを額に考える人。先輩はやや上を見上げながら唇に人差し指を当ててそうだったかなーのポーズ。
困惑だけでもこれだけ温度差があるのだ。実態の方はいかほどか。
「まぁ、そういうことならしょうがないよね。ホントに全く目が届いてなかったなぁ……」
マユもそんな俺達の様子を見て何かを感じたらしく、ひとまず納得したようだった。
「ともかくですよ。俺にはユキコさんから電話かかってくるような心当たりは全くありません。最近特にそういう話があったわけでもないし」
「最近。特に。ねぇ……」
「先輩、気になるワードだけ拾って会話しないでくださいね。マジ濡れ衣」
相変わらずの先輩の視線に俺がほとほと困り果てていると、テーブルの上に置いたままの俺のスマホが振動を始めた。
ヴーン。ヴーン。ヴーン。ヴーン。マナーモードだよ。決していかがわしい音じゃないよ。
やや現実逃避しながら発信者名を見てみれば、案の定ユキコさんだ。
俺は二人に発信者名を見せると、身の潔白の証明のためにも自主的にスピーカーモードをオンにして、通話に出る。
「はい、もしもし」
「あ、ユウ君? さっきはごめんね。ちょっとシャワー浴びてて」
シャワーという単語で俺の頭にバスルームが浮かぶ。おっといかん。
変な想像をしないように思考を我が家のバスルームに誘導する。
洗濯物はもう乾いたかな。干してあったのは……そういや下着だ……。
「……いえ、それは構いませんけども。どうしたんです? なにかありました?」
俺はことさら珍しいですねアピールをしているのだが、二人はシャワーの単語が出た辺りから視線を強めてきていて聞いていない。
何この人たち。エスパーなの? サトラれちゃったの? こわい。
「いやそれがね。ユウ君って明日、ヒマ?」




