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第二十四話 カバディ

「…………はっ!?」


 今、なんか凄くとても幸せになれる所に居た気がする。


 あったかくてやわらかくて心の底から安心できて……まるで今の状況とは正反対だ。


 そう、俺は冷たい床の上で目覚めた。


「ねえマユちゃん。やっていいことと悪いことがあるって、習わなかったかな?」


「奇遇ですね。私もサヤカさんにその辺のところを聞いてみたかったところです」


 床から視線を上げれば、マユと先輩がカバディをしていた。


 カバディカバディカバディカバディ。あのカバディである。


 腰を落として、両手を広げて前傾姿勢。かかとは床にべったりつけないように。


 お互いにゆっくりゆらゆらしながら即応できるように備えている。


 何が始まるんです? 第三次大戦だ!


 ちなみにカバディは現地では鬼ごっことも呼んでるらしいぞ。wiki教授が言ってた。


「つまり、わかっててやった。故意。そういうことだね?」


 スッと先輩の目が細くなり、利き足のつま先に力を込める。


「恋以外であんなことができると思いますか? できるならサヤカさんはとんだビッチやろうです」


 応じるようにマユも目を細め、足幅をベストポジションへ整える。


「なるほど恋ね。ちょっとマユちゃん? キミ、暴走してない? 少しお口が悪すぎないかな? いくらなんでもアバズレは言いすぎだよ。あとで冷静になった後に身悶えても知らないからね?」


 なんか二人が口語じゃ伝わらないやりとりをしてるような……。


 これなんで成立してるのかな? 思考レベルが同レベルなのかな? 俺はちょっとついていけない。


「てかビッチとアバズレって同じ意味なんだ。じゃなくて、君達なんてこと口走ってるの。女の子でしょ!」


 知らなくて良い知識また一つ増えちゃった。やったぁ。


 ……じゃねーよ。流石にこれは介入せざるを得ない。


「ユウお兄ちゃん。とめないでね。今、サヤカさんに倫理観の在り処を聞き出してるところだから」


 マユは先輩から視線を離さない。


「落ち着けマユ。流石の先輩でもそんな探さないといけないようなところにまでは飛んでってないはずだから、大丈夫だ。多分」


 マユはダメだ。ここは先輩をと振り返る。


「ユウ君。とめないでもらおうか。今、マユちゃんに泥棒猫の片付け方を教導するところなんだよ」


 先輩もマユから視線を離さない。


「先輩は泥棒猫なんか退治したことないでしょうが。年齢イコールが大見得切るとロクな事になりませんよ」


 先輩もダメだこれ。俺は一体どうしたらいいのだろうか。


「サヤカさん。謝るのなら今のうちですよ」


「マユちゃんこそ。あとで顔を歪ませるのがイヤだったら、早めに行動した方がいいと思うよ」


 おーっと両者なかなかヒートアップしてまいりました。首と手首を回してこきこきやってますねー。


 解説のユウさん、この勝負の形勢をどう見ますかね? そうですね、体の作りからしてサヤカ選手の方が若干有利かと思います。


 しかしマユ選手も瞬発力では負けてませんから、勝負は出だしの対処に大きく左右されることになると思いますよ!


 なるほどありがとうございます。勝負は一瞬で決まるやもしれません。目の離せない一戦がここに始まろうとしています! 


 本日の会場はここ代々木体育館、解説はユウさん、実況はユウでお送りします! ってここ代々木体育館じゃねぇし!


 てかこれあれですかね。このまま放置するとキャットファイトってやつが始まる流れですかね。


 わぁい。一度見てみたかったんだよなキャットファイト。泥のリングとかあるともっと良かったかな。はは。


 ……よし、逃げよう! 三十六計逃げるに如かず。


「あー、お取り込みの最中悪いんだが、ちょっとコンビニに食後のスイーツでも買いに行ってくるわ。ごゆっくりっ!」


 俺は二人から十分距離をとった上で声をかけると、一目散に部屋の外へと逃げ出した。


 後は野となれ山となれ、である。


 もうしらん。



***



「コンビニデザートは十分買い込んだ。一応ドリンクの追加も買っておいた。お菓子は一杯買ったからいいとして。よし、幾三。……行くぞう」


 つまらないネタをやっても一人。これくらいしないと踏ん切りが付かないのだ。許して欲しい。


 自分の部屋に帰るのがこんなに心細いだなんて、俺知らなかった。気が重いなぁ。はぁ。


「た、ただいま帰りましたよー」


 気分はまるで午前様をかました新婚亭主だ。俺、結婚とかまだなはずなんだけどな……。


「お帰り、ユウ君」


「おかえりなさい。ユウお兄ちゃん」


 二人はテーブルの前でお茶をすすっていたところを、顔だけこちらに向けて俺を出迎えた。


「あ、あれっ? た、ただいま?」


 何だこの普通感。まるで何事もなかったかのような。あれっ?


「なに変な顔してんのさ? ただでさえ愉快な顔がもっと面白くなっちゃうよ?」


「サヤカさん。顔のことは若干気にしてるようなのでやめてあげてくださいね。ユニークですよ、ユニーク」


「いやそれ言ってる意味は同じだからね? 何のフォローにもなってないからね? はいこれ、デザート」


 うるさいですよ、そこ。もう気にしてないって言ってるじゃん。まだ気にしてるみたいに聞こえるからやめて?


「おっ。待ってたよー。わたしのなめらか濃厚プリンちゃんはどこかな? ほーら出ておいでー」


「私のマンゴープリンちゃんもお願いしますね、サヤカさん」


 ひとまず先輩が袋ごと受け取って、テーブルに乗せて中身をがさごそ漁っている。


 マユはその間に俺の分も緑茶を入れてくれている。


 相変わらず言われる前から気が利く素晴らしい対応力やでぇ。


「りょうかいー。はい、どうぞ。こっちはわたしので、ユウ君は何にしたの? 抹茶ロールケーキ? また渋いね」


 とりあえず買ってきたものはあれでよかったらしい。


 前に好きだって言ってたやつを何点か買ってきたんだが、外れなくてよかった。


「なんか生クリームが食べたい気分だったんで。どもです」


 抹茶のロールケーキを受け取って、袋を破いたところでマユにスプーンを手渡される。


 そうそう。ロールケーキはフォークよりスプーンの方が食べやすいんだよね。よくわかってる。


 もう何なのこの娘。嫁に欲しいわ。一家に一人欲しいレベル。



 心休まるデザートタイムで一息ついて、二杯目のお茶をすする。


 抹茶デザートの後に普通の緑茶はやっぱいいね。口の中を洗い流しても味に乱れがない。


 もう一口とお茶をすすったちょうどその時、先輩がふと思いついたように俺に問いかける。


「ところでキミ、なんでユキコと連絡先交換してるんだい?」


 むせた。

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