第二十三話 あだ名
「我慢できなかったのか……」
ほんとにやりおった。
ちょっとトイレ行って帰ってきたらこれだ。
あれほどやる時は絶対言ってよって言ったのに!
いや別にやるならやるで見てみたかったとかそういうことじゃないけどさ。
先輩は今、窓際で正座させられている。その前にマユが、こちらに背中を向けて立っている。
マユは無事に再起動したようで、胸の前で腕を組んで先輩をじっと睨んでいる。
いや、あれはガードしてんのか。追撃を恐れて。相当びっくりしたみたいだしな。無理もない。
なんかすげー声で悲鳴あげてたみたいだからな。ぴぎゃーとか言ってたぞ。KAIJYUか?
「なんでそういう、思いついたことすぐやっちゃうんだろな?」
我慢が足りなさすぎません?
「出来心で……つい……。わたしも悪気はなかったんだよ」
「いやそれ自分で言っちゃダメな奴でしょ。反省の色ゼロだよ」
てかなんでそこ行っちゃったの。やるにしても、もっと別なとこはなかったの。もうちょっとこう、さぁ。
「反省……反省、してるんですか?」
今までずっと沈黙していたマユが、ここへ来て初めて喋った。
でも疑いの眼差しのままってことは、やっぱこれ完全に警戒してるな。
「そりゃもちろんしてるよ反省。ちょーっと調子に乗って揉み過ぎちゃったかな、とか。なんだ思ったよりちゃんとあるじゃん、とか? 大丈夫。心配しなくてもまだそのうち大きくなるよ!」
「――――っ!!」
マユパンチがサヤカのおでこに直撃! サヤカは10のダメージを受けた!
「やっぱ反省の色ゼロだわ」
あとやっぱ見てみたかったわ。
気を取り直して、俺とマユはテーブルに向かい合う。
「なんか私、何回もはぐらかされてる気がする。結局何なの? どうなったの? ユウお兄ちゃん」
「まぁ簡単にいえば俺は妬まれたんだろうな。先輩はえっちですけべで変態だがあれで外見はそれなりに美人だろ」
本当は中身もそれなりに残念なところがあるし、ドジっ娘機能も標準装備で内蔵されている。
が、他の男どもにはそれはわからない。まぁ、わざわざそれを教えてやるつもりなど毛頭ないが。
先輩の元気可愛さは俺だけがわかっていればいいのだ。
「そうだね。サヤカさんはえっちですけべで変態だけど、すっごい綺麗だよね。ついでにおっぱいも大きいよ。自分のを好きなだけ触ればいいのにね」
おーおー。マユさんの目が据わっておられる。こわいこわい。
そのえっちですけべで変態な先輩は現在、窓際で引き続き正座させられている。
罪を重ねるから……。自業自得すぎて下手に救いの手も出せやしない。今は放置しておくしかないのだ。
「まぁそんな先輩だけど、外見はそれなりに美人なだけに結構モテてたらしいんだよ。狙ってる奴も多かったとか」
「へー。美人でスタイルも良くておモテになられる。羨ましい限りだね。それで?」
そういうマユさんも結構モーションかけられてませんでしたっけ。全部無視してたみたいだけど。
「それで、なんだけどな。どうも先輩は去年一年間、引きこもり状態だったらしい」
「え? 引きこもり? 大学に来ないってこと?」
「いや、講義は出てたそうだ。んだが、それ以外で見かけない。講義が終わるとすぐ消える。それでついたあだ名が消え姫」
「うわぁ……」
わかる。わかるよ。なんだよこのあだ名。真面目にやる気ないだろ? 相手にされないからって嫌がらせか? ガキじゃねーんだからさ。
「くくっ……ぐっ……」
おや、窓際からなんか押し殺した声が聞こえますね? おかしいな。しばらくしゃべるなって厳命されてたはずですよね。
「うるさいですよ、そこ。正座の時間増やしますか?」
マユさんの冷たい一言が言葉の槍となって飛んで行く。窓際まで飛んで行く。こっちへは来ないで欲しい。切実に。
「っ…………」
あ、静かになった。最初からそうしてればよかったのにね。俺は絶対に窓へ目を向けない。巻き込まれたくはないのだ。
「で、その消え姫さんがどうしたの? どう話に繋がるの?」
「うん。その消え姫って言われるぐらい一年間友人以外の存在を一切寄せ付けなかった先輩が、年度が開けてしばらくしたらいきなり男連れで大学構内歩き回るようになったわけよ。もう大騒ぎよ」
その衝撃はいかほどか。特に男ども。ざまぁ!
「そりゃあ……大層目立ったんだろうね。それはみんな見るよね」
「見るよね。相手は誰だって。で、そんな消え姫を従えてるのが誰あろう、この冴えない冴えない新入生の俺なわけ」
そりゃ叩かれるよね。ぶっ叩かれるよね。全力で行くよね。わかるわ。
「ううん、大丈夫。ユウお兄ちゃんだって十分かっこいいよ!」
うおっまぶしっ! マユさんの純真な笑顔がまぶし過ぎます。
特にその、ニコってしながら言うのやめてもらっていいですかね?
「お、おう。そんな気を使ってくれなくてもええんやで……ありがとな」
でもね、励ましがね、余計辛くなる時ってのもあるんだぜ。マユさんよ。
俺自身のことは、俺が一番よくわかってる。俺は決してイケメンとかそういうのではない。ないのだ。
「で、でも! 少なくとも私にとってはユウお兄ちゃんはかっこいいから!」
「お、おう? か、重ねてきますね、マユさん。どしたの?」
んん? なんかいつものパターンを外れたな? なんだろ。
「え、えーと。いや、そんな特別な意味とかはなくてね? いつもなんか、こういう時うやむやにしちゃってたから……。今日ははっきりさせておこうと……」
最後の方はごにょごにょと言葉を濁しつつだったが、何とか聞き取れた。
「……ん。ありがとな、マユ。ちょっとだけ自信持てたよ」
俺の手は自然とマユの頭に吸い寄せられて、いつの間にか優しく撫でている。
昔はマユを褒めてやる時や安心させてやる時によくこうしてやったっけ。
そういう時マユは決まってうつむき加減に目を閉じて、にこにこした表情を浮かべてじっとしている。
まぁ、正直なところ俺は今更他の誰かにモテたいわけでもないので、イケメンだろうがどうだろうがもう気にしてないのだが。
もう、ってことはそりゃ以前は多少は気にしてたよ実際。男の子だからね。モテたい欲とか普通にあるよね。
と、考えながら手のひらでなで揉みさせていると、なにか視界の端で白いものが上下に揺れている。
「……いや確かに声は出してないけどさぁ。それってアリなの?」
横目で見てみればものすごい勢いで挙手してる人が居る。うわー。見たくないよー。これ絶対めんどくさいやつだ。
「てかもういいでしょ。もう喋ってもいいよね。わたしもユウ君に撫でてほしいなー。マユちゃんだけズルくない?」
「いや、先輩どっか褒める所ありましたっけ?」
てかこの人今なんで正座してたのかとか覚えてんのかね。
「いっぱいあるよ!? ユウ君を好きなところとか、ユウ君をかっこいいと思ってるところとか、ユウ君を食べちゃいたいところとか!」
挙手しながらずりずりと前に進んでくる。こええよ。どうやって動いてんだよそれ。
「ハウス! はい先輩ハウス! 下がる! 窓際戻る! やっぱ全然反省してねぇなこの先輩」
俺は慌ててマユを撫でていた手を付き出して、先輩を窓際まで下がらせる。
やっぱロクでもねぇ。聞くだけ無駄だったね!
「ぶーぶー! わたしの扱いがあまりにも酷すぎます! 待遇の改善を要求します!」
先輩が不満を大いに表明していると、撫でられていた手がなくなったマユがゆっくりと顔を上げた。
「あれあれ。意見とかできる立場なんでしたっけ? えっちでスケベで変態なサヤカさん?」
その冷たい視線とか、今日まであんまり見たことなかったよ俺。
今日だけでマユの知らないとこ一杯更新されたよ。わぁい。
「マユちゃんも結構根に持つね。別に女同士なんだから、そこまで怒らなくてもよくない? スキンシップの一環だよ」
「私のスキンシップにわいせつ行為は含まれていません。変態さんに触られた分ぐらいは回収しないと割にあわないです」
どう回収してるかは俺も知らない。多分知らないほうがいいことだと思うから。
「もう十分回収できたでしょ! わたしの恥ずかしい話さんざん暴いてくれたじゃない! あんなあだ名まで! イヤだったのに!」
「消え姫、本人に伝わってたんですね……。そう言えばユウお兄ちゃんも普通に口にしてましたね」
「ご友人に散々からかわれたそうだ。何故か俺が思い出し八つ当たりされたぞ」
そりゃ嫌だろうな。こんな変なアダ名。流石に同情を禁じ得ない。
「マユちゃんがそういうこと言うならそれでもいいさ。わたしはわたしで本懐を遂げさせていただきます」
本懐ってまた大仰な。頭なでてただけでしょ? 大したことしてないよ俺。
「サヤカさんのしそうなことなんてもうお見通しです。どうせまたユウお兄ちゃんに抱きついたりするんでしょう?」
「ほほう。マユちゃんも大分わかってきたようだね。そうだよ。その通りだよ。だけど、果たしてマユちゃんのその細腕でわたしを止めることができるかな?」
先輩も特別背が高いとかそういうことはないが、それにしたって女性一人が突撃してくるのだ。
それを止めるなら、それなりの力がいるだろう。細腕のマユにその力はない。力がないなら動き始めを潰すしか無い。
二人はジリジリと動きながら、お互いの距離を測っている。君達膝立ちでよくそんなにスムーズに動けるね。
マユが警戒すれば、先輩が不敵に笑う。なんだこれ宿命の対決か?
「いいえ。その必要はありません。何故なら……っ!」
その瞬間。俺の頭は誰かの腕に抱きかかえられた。
あ、やわらかいよこれ。やーかい。




