第十四話 推薦
「よし、決めた。マユ、おじさんにその話進めておいてくれるように言っておいてくれ」
俺は手のひらをパンと打ち付けると、マユに頷く。
「え、でも……ユウお兄ちゃん」
マユは真意が読めないと俺の顔を見返してくる。
「どうにもならなかったらマユ、俺と住もう。でも、俺はその部屋にはマユと先輩にこそ暮らして欲しいと思う」
「それってどういうこと?」
マユは小首をかしげて、俺に先を促す。
「ほら、俺は男だろ? 俺自身にはそこまでセキュリティは要らないんだよ。それに、いくらお隣同士だって言ったって俺とマユは男と女なわけだろ? そういうのはあんまり良くはないと思うんだよな。それにマユの親父さんだって、俺と一緒に住むよりは共通の友人の女の先輩が一緒に住むってなった方が受け入れやすいと思うんだ」
男の部分で俺を。女の部分でマユを指差す。
いくらお隣さんでも世間体的に考えたら、あんまり良くはないと思うんだよな。
「それは……まぁ。というか、私のことちゃんと女の子だと思ってくれてたんだ?」
当たり前だろ。俺は弟を持った覚えはない。
「こんな可愛い弟が居るわけ無いだろ」
「え、ユウお兄ちゃん……? 可愛いって……あは。うれしいな」
あ、いけね。心の声と発言が逆になっちまった。
ううむ。別に褒めるつもりじゃなかったところで褒めてしまうと、なんか妙に気恥ずかしい。
「ちょっと待ってよユウ君。流石にそれは無理が過ぎるよ。わたし達、まだ会って半日も経ってないんだよ? そんな相手といきなりシェアハウスしろって言われたってお互いに困るだけだよ。だいたいわたしの部屋はどうするのさ」
先輩はアイスの木べらを唇に押し付けて、困ったような顔をしている。
「先輩の部屋は今度の年度末に更新でしょう? 更新しないって先に伝えておけばどうとでもなりますよ。引っ越しは俺も手伝いますし」
「わたしの部屋がどうとでもなっても、引越し先の問題が全く片付いてないよ。わたしとマユちゃんで暮らすとか、いきなり言っても無理でしょう?」
「先輩。別にマユは明日引っ越してくるって言ってるんじゃないんですよ? これから仲良くなればいいじゃないですか。まだ半年以上先の話ですよ。てか、二人もう既にかなり仲良さそうに見えるんですけど。そのウマの合いっぷりはなんなの?」
先輩は難しく考え過ぎなのだ。別に今すぐ決めなくちゃいけないというものでもない。
上手く行かなければ俺の部屋だけ引き払えばいいし。
「それは……まぁ、好きなものが同じだと近親感も湧くってもんだよ」
「いつの間にそんな話を。全然気づかなかった」
「まぁね、色々あるんだよ。それに、マユちゃんだってわたしと一緒に住むなんていきなり言われてもイヤでしょう? ねぇ?」
先輩はマユに振り返って同意を求める。
「え? そうですか? 私、サヤカさんのこと別に嫌いじゃないですよ? 確かに出会ってから間もないですけど、この人無理って感じもしませんでしたし、サヤカさんさえよければ。私としては特に問題ありません」
「え、ええー? なに? 気にしてるのわたしだけってパターン? これ」
「大丈夫ですよー。もし私の目の前でイチャついてたら、じっくりゆっくり舐め回すように参考にさせていただきますので。それでもよければご自由にどうぞ。私はユウお兄ちゃんに頻繁に会えるならその方が嬉しいですし、あの物件にあの条件はなかなか出るものじゃないって話なので、正直どっちでもいいので一緒に住んで欲しいです。そりゃホントはユウお兄ちゃんのほうがいいけど、この際わがままは言いません」
離れてるよりはチャンスも増えますしね、とマユは最後に付け足した。
「う、うーん……。ちょっと考えさせてください……」
先輩は引きつった笑みで、一旦回答を保留する。
「まぁ、最悪どうにもならなかったら俺が引っ越してマユと一緒に住みますから。そこまで大げさに考えなくても大丈夫ですよ」
もともとそういう話だったからな。元に戻るだけだ。
「ということは、私はこれから毎週ユウお兄ちゃんに会いに来ればいいのかな? そうすれば自動的にサヤカさんもついてくるでしょ?」
「そうだな。というか、マユはそれより入試の方は大丈夫なのか? お前が受からなかったらすべての話の前提が成り立たないんだが」
「私、模試はA判定取ってるし、推薦で受けるつもりだから。まだまだ油断はしちゃいけないけど、一足先に合格後の生活をイメージしておいでって伯父さんにも言われて。それがモチベーションにつながるからって。それで今からこんな話してるの」
少々どころか取らぬ狸の皮算用レベルで気が早い話だと思ったが、そういうところに話が繋がるのか。
なるほど。確かにモチベーションの維持は受験対策においてとても重要な要素だ。
「まぁ、マユは成績良かったもんな。その様子なら大丈夫そうだ」
俺の知ってる高二までのマユは、学年で上から数えた方が早かった。
「ふふ。まかせといて。平日余計に頑張って、その分土日はガス抜きってことでしばらくお世話になります」
「おう。まかせとけ。思えば高校受験の頃もこんなことしてたな。受験生なのに土日になるとウチでなんか作ってたり、どっか連れて行かされたり」
受験生はストレス溜まるんだよってあちこち引きずり回された覚えがある。
「ずーっと勉強ばかりしてると嫌になっちゃうからね。どこかでリフレッシュしないと、だよ」
マユは人差し指を立ててくるくる回すと、溶けてしまう前にと最後の一欠片を口に放り込んだ。
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「なーんか、嫌な気配がしないか?」
部屋までの帰路を半分ほど過ぎた頃。
俺は雨の気配を感じて空を見上げた。
上を流れる雲の流れが早い。
「一雨来そう、かな?」
雨が降る前特有の匂いを感じる。
先輩も鼻をヒクヒクさせている。
「はいここで問題です。我々は傘を持っていたでしょうか」
「ノーです。ユウお兄ちゃん」
マユが片手を上げて答える。
「一応この日傘は晴雨兼用だけど、本降りだとサイズ的に一人でも厳しいね」
先輩は日傘のタグを調べている。
「はい、マユさん。ではどうしたら良いと思いますか」
「はい。急いで帰る他無いと思います」
またもやマユが片手を上げて答える。
「その通りです。よし、走るぞ!」
俺はそう言うと、エコバッグを抱えて走りだす。
「ユウお兄ちゃん! 私置いてかれたら道わかんないんだけど!」
マユも続いて走りだす。
「ちょ、ちょっと!? 突然走りだすのはズルくない!?」
一人置いて行かれる形になった先輩も広げていた日傘を畳んで慌てて駆け出す。
ぽつ……ぽつ……ざああああああ。
しかし抵抗むなしく遂に降りだしてしまった。
しかも、結構激しい。
ゲリラ豪雨とまでは言わないが、本降りに近い。
「うおおおおおお急げええええええ!」
もう、走るしか無い。
俺はエコバッグを脇に抱えると、アメフトやラグビーのランプレイのようにひた走る。
「もうずぶ濡れだよおおおおおおお!」
マユは胸に自分のバッグと保冷バッグを抱えて、背中を丸めながら走っている。
「でも冷たくて気持ちいいいいいい!」
先輩は片手で自分のバッグと日傘を保持して、もう片手のお菓子の入ったエコバッグを振り回しながら走っている。
よく中身飛んでかないなあれ。
幸いなことに、俺達は他の人と出会うこともなくマンションまでたどり着いた。




