第十三話 賃貸
「さて、保冷袋があるとはいえ、早く帰らないとアイス溶けちゃいますね。急ぎましょう」
マユは製氷機から保冷氷をポリ袋に手早く移し、保冷袋に入れてチャックを閉める。
実に手馴れている。年季を感じさせる動きだね。
「ユウ君乾物担当ね。わたし生鮮担当」
「どうせ重い物持つのは俺なんだから、最初から逆のほうがいいでしょ。てか先輩ポテチ買いすぎですからね? 三つも四つも」
先輩にかごの中を占拠していたポテチ軍団を渡して、代わりに根菜類を受け取ってエコバッグに入れていく。
「しかも全部同じ味ですよねそれ。うすしお。サヤカさんはコンソメとかのり塩とか食べない人なんですか?」
「あれば食べるけど、やっぱベーシックに基本を攻めたいよね。うすしおこそ究極にして至高なんだよ」
「まぁ、飽きない味ではある。やめ時も見つけられないけど。俺もうすしお派だな」
俺は詰め終わったエコバッグを整えると、空になったカゴをマユに手渡す。
マユは受け取ったカゴを流れるようにカゴ置き場に重ねる。
それぞれエコバッグと保冷袋を抱えて、忘れ物がないかチェック。
「て、先輩。呆けてないで行きますよ。ほら、先輩もエコバッグ持って」
そんな俺達の様子をぼんやり見ていた先輩を急かして、今度こそ忘れ物がないのを確認すると店を出る。
「まだ暑いなー。こりゃほんとにアイスがヤバいか」
陽射しこそ雲に隠され気味とはいえ、まだまだ気温は高い。
家に着くまでにアイスが持つかどうかは正直未知数と言える。
「ユウお兄ちゃん、もうその辺のベンチで先にアイス食べちゃったら? 少なくとも溶けることは気にしなくて良くなるよ」
「そうだなぁ。先輩どうします? その辺の木陰でアイス食べちゃいます?」
商店街の通路の真ん中には等間隔に街路樹が植えられていて、周りを木製のベンチが囲っている。
木陰になってる場所なら涼しそうだ。一休みには最適だろう。
「そだね。食べちゃおっか。元々今食べたくて買ったわけだし」
どこがいいかなーと先輩が並んでいるベンチを見比べる。
どうやら少し先の店舗前が木陰的にベストプレイスのようだ。
先行した先輩が手招きしている。
「おー、涼しいー。これで風があると文句なしだったんだけどな」
「今日はそよ風ぐらいだしね。もうちょっと吹いてもいいよね」
俺とマユは先輩の隣に腰を下ろして、荷物も横のベンチに置く。
と、置いたそばから先輩が保冷袋からアイスを三つ取り出した。
「超カップはわたしとして、このモナカはどっちが誰の?」
「俺がノーマルで、マユがチョコです」
「はいどーぞ。キミはノーマルモナカね。覚えた」
先輩は俺とマユの分を手渡しながら、確認するように頷く。
「別に超カップでも食べますよ」
俺は苦笑しながら普通のモナカを受け取った。
マユは早速袋を開けて、板チョコモナカをブロックごとに割っている。
名前の通り板チョコがそのまま入ってるので、そのまま齧りつくと食べるのが大変なのだ。
俺もそれに合わせて普通のモナカをブロックごとに割っていく。
「んー。ちべたい。こんな日は外でアイスがたまらないね」
「先輩それ好きですよね」
「これはね、いつまでもだらだら食べられるのがいいんだよ」
「デカいですからね。こんな暑い日とか、のんびり食べてると最後の方溶けちゃってません?」
「それはそれでまたよし、だよ」
確かに溶けかけたアイスもそれはそれで美味しいよね。
俺の割って切り離したモナカをマユに渡すと、マユからもチョコモナカを受け取る。
モナカの場合は後で交換しようとしても解けたアイスを吸ってモナカがふやけてしまうので、交換するなら最初の方でやるしかない。
んー、この板チョコのカリッとした食感とモナカのサクッとした食感が面白い。
……それにしても板チョコが口の中で溶けませんねぇ。
ふと見ると、先輩の食べる手が止まっている。
「先輩? どうしました」
顔を上げると、なんだか悔しそうな顔をしている。
先輩もモナカ食べたかったのかな? 一欠片どうぞ。
「ああうん、ありがと。別になんでもないよ」
先輩は受け取ったモナカをじっと眺めながら、策士だとかその手がとか自然すぎるとつぶやいている。
どうでもいいけど、早く食べないと溶けますよそれ。
ふと正面を見るとそこは不動産屋らしくて、賃貸物件の紹介ビラが窓にいくつも貼ってある。
「そういや、マユ。お前この街に越してくるのはいいけど、どんな条件で探物件してるんだ? おじさんと相談してるんだろ?」
マユのおじさんは不動産関連を色々やってるらしくて、俺のマンションもおじさんに紹介してもらったかなりいい物件だ。
主に賃料に対して部屋の条件が破格なのだ。エレベーターのない四階だという以外は文句の一つもない。
普通に借りようと思ったらもう二万や三万は余計に必要になるだろう。
「うーん、当初はオートロックは当然として、できれば管理人が常駐してる所が良いって話だったんだけどね」
「女の子の一人暮らしとしたら妥当だな」
住居としてはある程度の安心感はあるけど、夜道とか気にしだしたらキリがないのが女の子なんだよな。
「わたしのマンションは夜になると警備員さんは帰っちゃうなぁ」
「そんな警備員さんの居なくなるような時間に外に出なきゃいいんですよ」
「そうも言ってられないでしょ。バイト上がりとかどうしたって一人で帰らないといけないことだってあるし」
先輩は自転車移動で安全度の高そうな道を通って帰ってたらしいが、やはり心配ではある。
今は遅い時は待ち合わせて一緒に帰っているので問題はない。
「それがねー。そういう物件の空きが今あんまりないらしくて。それで、別の話が持ち上がってたんだけど……」
「どんな?」
「うーん。ユウお兄ちゃんにまさか彼女ができてるだなんて思わなかったから……」
マユは俺をチラチラ見ながらうつむき加減で話をしている。
よほど言い難い話のようだ。
「俺が関係ある話なのか?」
「うん。ちょっと広めのところなら近場に開いてるらしくて。二人でシェアハウスみたいにしたらどうかって話が出てたんだ」
共通バス・キッチン・リビングがあって、部屋も一つずつ鍵のかかる扉がついてて、駅近のセキュリティもしっかりしてるかなりのおすすめ物件らしい。
それを親族価格で借りられそうという話だった。
「あー……。それは、うん」
「……ね。もう難しいよね」
「うーん。それは困ったねぇ。なんだかほんとにわたしがマユちゃんの周りを引っ掻き回しちゃってるね」
三人して首をひねって困惑してしまう。
確かに、俺が先輩に出会わなかったらその話が成立していた可能性は高い。
俺はマユを近くで見守ってやれるし、おじさんやおばさんも僭越ながら俺が見守るってことで安心感もあっただろう。
俺も家賃が下がって暮らしやすい部屋に移れて皆が万々歳だ。
だけど、もうそういうわけにもいかない。
自分の部屋だけでもない所へ先輩連れてくるわけにも行かないし。
「俺も家から通うのがキツいからって家を出たわけだしなぁ。実家から通うってのもないよなぁ」
「できれば近場で暮らしたいよね」
朝一の講義は下手すると始発近くに家を出なくてはならない。
バイトやサークル活動、いずれはゼミでの活動も視野に入れると、終電前に帰れないって状況もあるだろう。
その場合何とか安全に一晩を過ごせる場所を探さねばならず、そんな生活は長くは続けられない。
「私と二人で……って言ってもマユちゃんとはまだ半日も経ってないし、親御さんとは面識すら無いもんね。完全に他人のわたしと暮らすのは無理だとして。そうなるとやっぱりユウ君と……ってのが一番自然なんだろうね」
これが普通のシェアハウス案件ならそれで何の問題もなかったが、今回は俺という安全装置込みの話なのだ。
彼氏彼女なんて所詮いつ別れるかなどわかったものではない。
俺達がどう思っているかではなく、関係性の問題なので覆す方法は関係性を前に進める以外にはない。
「そりゃ俺と先輩の話さえしなければそのまま通るとは思いますけど……先輩はそれでいいんですか?」
「今までだってほとんどわたしの部屋でイチャイチャしてたんだしさ。それこそユウ君の部屋でなんて数えるほどしか無いよ。あんま今と変わらないんじゃない?」
そう言う先輩の横顔がどこか寂しそうに見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。




