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第十二話 モナカ

「さて、それじゃ予定通り今夜はカレーでいいかな?」


 場所を商店街のスーパーへ移して、夕食の食材調達を始める。


 さして大きなスーパーというわけでもないが、基本的なものを調達するには必要十分な店で、日常的にはここで大体事足りる。


 もうちょっと変わったものが欲しければ、大型モールへ行けばいいのだ。使い分けが重要である。


「もちろんだとも。マユのカレーが楽しみで昨日からずっと待ってた。今更変えられても困る」


「なんかキミ、評価がもの凄く高くない? マユちゃんのカレーってそんなに美味しいのかい」


 俺がワクワクしながらそう答えると、すかさず先輩のチェックが入る。


「文句無しに美味いですよ。少なくともマユの家と俺の家では好評です」


 マユが自宅と俺の家以外で料理してるかどうかなんて知らないが、他所で作っていたとしても恐らく喜ばれてるだろう。


「なるほど。それは気になるね。マユちゃん、わたしもご一緒させてもらってもいいかな?」


「んー? もうサヤカさん込みの分量で考えてましたけど、食べてくつもりじゃなかったんですか?」


 確かに家に在庫があるはずの人参やじゃがいもや玉ねぎの袋がカゴに入っている。


 在庫だけだと三人分を作るにはちょっと量が少なかったようだ。


「いやぁ。ああ言った以上、あんまりわたしがお邪魔するのもあれかな、と。ただでさえ持ち時間少ないわけだし。明日の夕方には帰っちゃうんでしょ?」


「あは。お気遣いありがとうございます。それは素直に受け取っておきます。でも折角ですから食べていってください。それに、私にも得るものはあるので。お気になさらず」


「というと?」


「サヤカさんの手練手管、私が会得してしまっても構いませんよね?」


 そう言うマユさんの笑顔が大変まぶしいことになっておられる。


「ほほう。このわたしを超えるとは、大きく出たね。できるものならしてみせればいいさ」


 先輩もにやりと口角を上げて応じる。


「いいえ。そうじゃないです。私は私の今後のために、サヤカさんの成功体験を取り込みたいのです。そして、そこに更に自分自身を加えた武器で勝負するのです。サヤカさんのコピーになるつもりも、超えるつもりもありません」


 なんてこった。それじゃ完全体マユになってしまうじゃないか。


 そんなものに勝ち目はない。狙われた奴は死ぬ。


「なるほど。いろいろ考えてるんだね。いいと思うよ。と言ってもわたしもそんなに特別なこととかした覚えとか特に無いんだけどねぇ」


 先輩はそう言いながら、小首を傾げる。


「演技や取り繕ったものはいずれ必ずメッキが剥げます。ユウお兄ちゃんの心に届いたのは、そういう本人の自覚していない素の部分なんだと私は思いますよ」


 マユはそんな先輩をじっと見つめて言う。


「なんだかわたし、意外に高評価受けてる? ちょっと照れるね」


 うなじの辺りを触れながらモジモジする先輩。もじもじ可愛い。


「私が何を言ったところで、サヤカさんはユウお兄ちゃんが付き合ってもいいと思った人なんです。そこを曲げられるわけでもない以上、今更私がサヤカさんを悪く言ったところでそこに先はありませんから」


 マユは目を閉じて、『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』とつぶやいている。


 孫氏ですか。マユさんぱねぇっす。


「この理屈で納得しようとしてる感が凄い。マユちゃんのメンタルが実は一番凄いのかもしれない」


「だからサヤカさん、仲良くしてくださいね。いろいろ参考(・・)にさせていただきたいので」


「利用しようって気を隠す素振りもないその態度が逆にあっぱれだよね。いいでしょう。改めてよろしくね、マユちゃん」


 がっしりと握手する二人。いい笑顔だ。


 それにしてもこの二人、ホントに気が合うみたいだな。羨ましい限りだ。




「しかし、昨日までは普通にちょっとめんどくさいなーって思ってたんだけど、実際に久しぶりにマユに会うとこれはこれで悪くないな」


 久しぶりに妹に会っていろいろ世話される感じ。あると思います。


「あれあれ。ユウお兄ちゃんは私がやって来るの迷惑だったのかな? だとしたらごめんね」


「いや、よく考えると久しぶりにマユの料理も食べられるし、楽しいよ。迷惑じゃない」


「ふふ。うれしいな。ユウお兄ちゃんに喜んでもらえるように更に料理の腕を磨かなくちゃね」


「うーん。これ以上美味くなっちゃうと、他の人の料理食べても味気なく感じちゃうかもしれないなぁ。怖い怖い」


 小さく握りこぶしを握って気合を入れるマユと、大げさに怖がる俺。


「なんか聞き捨てならないセリフが今聞こえたわけだが」


 そして鋭い視線を向けてくる先輩。


 なんだか今日一日の縮図って感じ。


「先輩。先輩や俺はマユの足元にも及びませんよ。そこは認めましょう。我々はあくまで一人暮らしの必要性に駆られた素人料理です。マユは毎日の食事を当たり前のように作るいわば主婦料理。最初から比べられる位置には居ないのです」


「くっ……。結婚どころか付き合ってすら居ないというのに既に主婦料理だと……! お隣の女子高生は化け物か!」


「ね。私も結構強力なパンチ持ってると思うんですよ。何故かことごとく効かないんですけど……」


 バグかなんかですかねそれ。クソゲー確定ですね。


「無効化バリアが鉄壁すぎるのがいけない。マユちゃんは悪く無い」


「あれ、破れるんでしょうか。結果的に私が自分で創りだしたようなものとはいえ、理不尽難易度過ぎないかなぁ」


「マユ、正面が硬いなら死角を突くのは常套手段だぞ。難攻不落な要塞ほど、一度侵入を許したら脆いのだ」


 今度は自身の防護壁が逃げ場を奪うからな。凄惨なことになる。


「死角かぁ。盲点。思ってももなかったところから攻めるということだね」


 思ってもみなかったところ……とぶつぶつ言いながら、マユの手はぽいぽいと商品をカゴに放り入れている。


 適当に入れてるように見えて、ちゃんとタイムセールや広告の品を選んでいる。


 手と頭が別に動いておられる。主婦スキルは伊達じゃない。


「ユウ君、アイス食べようアイス。超カップ」


「ああ、いいですね。おーい、マユ。アイスを……ってもう入ってる。お、モナカか」


 買い物かごを覗けば、話は一応聞こえていたらしく、バニラの超カップと普通のモナカと板チョコモナカが入っていた。


「おや、キミはカップアイスよりモナカ派だったのかい?」


 最後につぶやいた言葉に敏感に反応して、先輩が問いかける。


「そうですね。いつもはモナカタイプを食べてることが多いですね。もちろん超カップも嫌いじゃないですし、機会があったら普通に食べますよ」


「ぬぐぐ……。流石にここは一日の長があるね。勝てない分野の一つ、か」


「マユのことです? まぁ買い物には毎回付き合わされてましたからね。根菜類とかは地味に重いし」


「ユウ君のことはともかく、わたしの好みまで把握してるってどういうことなんだろうね? わたし、話した覚えとかないけど」


 先輩が不思議そうにそう言うと、前を歩いていたマユが顔だけ振り向いて答える。


「冷凍庫のダッツ、バニラしかなかったですから。ユウお兄ちゃんはそこまでダッツ好きというわけでもないですし、それなら誰かの為に用意してるのでしょう? 誰のためかなんて、ねぇ」


 今更言う必要性もないですね。そうです、先輩のために買い置きしてあったやつです。


「これが、主婦目線――――」


「洞察力と言ってくださいね」


 遠い目をする先輩にすかさず突っ込むマユ。


 流石に女子高生相手に言うセリフじゃないよね。

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