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第十一話 踏み台

「それで、マユちゃんは今までずっとユウ君をかんし……じゃなかった見守ってたんだよね? なんだか、悪い事しちゃったかなっ」


 先輩は口調こそからかい混じりのものだったが、その目はマユの目をじっと見ている。


「いいえお気遣いなく。迂闊にも目を離した私が悪かったんです。まさかたった三ヶ月でこんなことになるなんて。わかってればもっとこう……、どうにかできてたかもしれませんね。なにせ私が産まれた時からの、ながーい付き合いでしたからね」


 マユはため息をつきながら、こちらまで飛んできた水しぶきを自分のお手拭きで拭く。


「え、なに。俺、いつ彼女できるかマユに観察されてたの? ちょっとマユさん、それは少々悪趣味なんじゃないですかね」


「そうだよー。ユウお兄ちゃんのことは、おはようからおやすみまでずーっとみつめてたんだよー。どう? ドキッとした?」


 マユはおどけたように言ってるが、その内容は完全に危ない人のそれである。


 よもや本気で言ってないだろうなこれ。百獣の王の会社のあれは単なるキャッチコピーだからな?


「うーん、違う意味でドキッとしたかも。でもマユ、それ一歩間違えたらなんか危ない人みたいだからな? 俺以外には言うんじゃないぞ」


 色んな意味で。俺ならある程度はスルーしてやれるけどさ。


「ははは。危ない人って。ユウお兄ちゃん、それはあんまりにもひどくない? 私はユウお兄ちゃんのことが気になってただけだよ」


「そっか。それならいいか。いいよな? しかし、ひょっとしてマユって重い女とかいうやつじゃ……ないよな? そういうのは男には引かれるから、気をつけろよ? 俺は心配だぞ」


 俺のことはいいから、マユにはぜひ自分の幸せを追いかけて欲しい。


 大丈夫。中途半端なやつを連れてきたら、俺が追い返してやるからな。


「あ、ユウお兄ちゃん、私の心配してくれるんだ? 嬉しいな」


「そりゃあそうだろう。今更お前が変な奴に引っかかったり狙われたりなんかしたら、俺はおばさんやおじさんに合わせる顔がないぞ」


「ほうほうほうそりゃまたなんで?」


 なんでそこで先輩が食いついてくるんですかね。マユはなんか目を閉じてぼんやりしてるし。


 まったく、自分の話なんだからちゃんと聞きなさい。


「え、だっておじさんやおばさんに、マユのことは俺ができうる限り守るって昔約束しましたし……。実際マユが可哀想な目に合うのはイヤですしね」


 まぁ、小さいころの男と男の約束というあれである。当時は大人っぽい行動に憧れてたんですかね。


 公園とかでもなるべく一緒に行動して、悪ガキ共からガードしてた記憶がある。


「ユウお兄ちゃん……」


「外堀も埋め立て済みと……」


「何を埋め立ててるって? 外堀? お城?」


 城攻め? 攻城兵器って男のロマンだよね。投石機とかさ。


「というかキミ、今日いろいろ聞き出したけども、そこまでお膳立てというか周囲を固められておいて自分一人だけその気ゼロとか。それも一体どうなんだね」


 なんかマユがうんうん頷いてる。その気ってなんのことだろ。


「なんの気です? この木なんの木ならハワイのオアフ島に実在するそうですよあれ」


 やっぱ一回は見てみたいよねあれ。


「……まぁ、今は仕方ないです。今の私の現状はこれでよーくわかりました。そりゃもうわかりすぎるぐらい。でも、これで終わったわけじゃないですから。私は私の幸せを諦めませんよ」


 マユは目を閉じながら、淡々と自分の心の内に問いかけるようにつぶやく。


「うんうん。俺はお前が全然男っ気ないの、ちょっと心配してたりしてたんだぞ。全く無いのもそれはそれで気になるし。多分隠されたら俺じゃわかんないし」


「はははやだなー。ユウお兄ちゃん以外に仲の良い男の子なんかいないよ。居るわけがない」


 なんかマユさんの目がマジですねこれ。


 あっれー? マユに男性苦手の傾向なんかあったかな?


「ううむ……。なあマユ。もしかして男が怖いとか、そういうのがあるのか? すまんが俺は全く気づいてやれなかった」


 あれだけ見守ると言っておいてこのザマか。ちょっとへこむ。


「んー、そうだね。私はユウお兄ちゃん以外に近寄られたり、触れられたりしたらすっごく怖いよ。絶対にイヤ」


「そうだったのか……。気づいてやれなくてごめんな。俺は平気なのか?」


 おうふ……。これは困った。


 俺にどうにかしてやれることがあるなら、協力は惜しまないんだがなぁ。


「うん、ユウお兄ちゃんなら全然平気だよ。むしろユウお兄ちゃん以外は全員ダメだよ」


 なんだか随分ピンポイントな指定な気もするけど、こういうのって慣れてる人以外は全員ダメとかありそうだ。


「なあマユ。俺と一緒に頑張ってみるか? 俺を踏み台にして、その苦手意識を少しでも良い方に持って行けたら万々歳じゃないか」


 俺は心の専門家でも何でもない。俺に出来ることなんて、このぐらいしか思いつかない。


 俺が男は怖くないよって予行演習させてやることで、マユの苦手意識が少しでも減ればそれでいい。


「わ、ほんと? ユウお兄ちゃんが協力してくれるなら百人力だよ! むしろこっちからお願いしたいくらい」


「うーん……。まぁ、今のところは黙っとくよ。急にいろいろアレな事になっちゃって、気持ちわからなくもないしね。がんばって、マユちゃん」


 両手をパンと打ち付けてにっこり微笑むマユと、なんだか苦笑いの表情で肩をすくめる先輩。


 何とも対象的な反応って感じがする二人だね。


「はい。ありがとうございます、サヤカさん。サヤカさんがその余裕の姿勢でいてくれるうちに、なんとかしますね」


「ふふふ。果たしてキミに可能かな? わたしでもちょっと引くくらいに前提条件が厳しそうだけども」


「こうなってしまった以上、今伝えたところで混乱しちゃうだけですから。攻めつつ待ちの姿勢って感じで行こうと思います」


 いつまでもお隣さんってわけじゃないからね。


 マユは独り言をつぶやくように、そう言った。

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