第8章:賞金100万と、追撃のオカンGP(グランプリ)
霧降有料道路の料金所ETCレーン。
突如として響き渡った警報音を、白煙を吐き散らす原動機付自転車のけたたましい咆哮が力づくで粉砕した。
『ピンポンピンポン! 通信エラーです! バーが開きません! 停車して――』
バキィィィィィィィンッッ!!
「止まってられるかァッ! 朝市が終わっちまうだろうがボケエエエエッ!!」
時速90kmの超低空全開アタック。
料金所の黄色い開閉バーは、原付の前カゴから斜め45度に突き出た『愛知県産・泥付き特選白ネギ(3本束)』の先端によって根元から叩き折られ、宙を舞った。
監視カメラのフレームを横切ったのは、サンバイザーを目深にかぶり、花柄のエプロンをマントのようにたなびかせた一条美代子(48歳)。
「しょ、所長ォォォッ! 原付が……原付がETCバーをネギで切断して時速100キロで料金所をすり抜けていきましたァッ!!」
「馬鹿を言え、原付にETC車載器が載っているわけが――」
「現金すら投げていきません! 『ツケにしときな!』って叫んでいきましたァッ!!」
料金所職員たちの阿鼻叫喚を置き去りにし、スーパーDioは濃霧を突き破って峠のダウンヒルを逆走――いや、猛烈な勢いで登坂を開始していた。
その頃、霧降峠の頂上展望台。
レースを制したはずの『RED ZONE』の面々は、祝勝ムードどころか、地球の終わりを迎えたような顔で立ち尽くしていた。
白銀怜が頭からスポンジバリアに突き刺さって虚空を見つめ、漆黒旋風の残党たちが呆然とする中、下界から立ち上ってくるのは、間違いようのない「あの音」だった。
ペケペケペケペケペケペケッッ!! ビィィィィィィィィッッ!!
「……来た」
一条走がガタガタと膝を震わせ、昭和旧車のタンクにしがみついた。
「本当に来た……母ちゃんだ……ETCのバーをへし折って上がってきたんだ……!!」
「走、お前のオカンはどうやってここを特定したんだよ!?」
敬太が叫ぶ。
「隣県だぞ!? 料金所だって二つも越えてんだぞ!!」
「シンジくんのGPS……」
ガレージの片隅で、チビが肉まんの最後のひと口を飲み込みながら、無表情にシンジのスマホを指差した。
シンジが青ざめ、慌ててスマホの画面を確認する。
「し、しまった……! 昨夜、蓮司さんの作業用プレイリストを美代子さんのタブレットとクラウド同期した際、位置情報の共有設定を解除し忘れていました……!!」
「シンジィィィィィッ!! テメエこの大戦犯がァァァッ!!」
敬太と蓮司の悲鳴が重なる。
その刹那。
展望台へ続く最終ヘアピンカーブの霧が、真横から吹き飛ばされた。
キキィィィィィィィィッッ!!
タイヤスモークとともに現れたのは、フロントフォークが底付きし、前輪の泥除けがアスファルトを削って火花を散らすスーパーDio。
前カゴには折れたETCバーの破片と、ネギ、キャベツ、そして後部キャリアには『新米10kg(ブレンド米)』が米俵のように積載されていた。
「重さでトラクションを稼いでいる……!?」
スポンジから上半身だけ抜け出した白銀が、恐怖に引きつった顔で呟く。
「後輪軸重を米10kgで強制的に増加させ、雨に濡れた路面をスリックタイヤ同然の摩耗ゴムでグリップさせている……あれが、日本の主婦のメカニズムなのか……!?」
キィッ!
美代子は展望台の中央でDioを華麗にスピンターンさせて止めると、スタンドをガチャンと立て、鬼の形相でサンバイザーを跳ね上げた。
「走ォォォォォォォッッ!!」
山全体がビリビリと共鳴するような怒号。
「ひいぃぃぃっ!」と走が飛び上がり、敬太の背後に隠れる。
「あんたねえ! 追試が31点だったからって調子に乗って隣県まで遠征してんじゃないよ! 家の風呂掃除はどうしたんだい!? 洗濯物の取り込みはどうしたんだいッ!!」
「か、母ちゃん、ごめん! でもこれには深いワケがあって、賞金100万でレンに工具を――」
「言い訳するんじゃないよッ!!」
美代子は前カゴから凶器――泥付き長ネギを一閃。
シュバッ!と空気を切り裂く鋭い風切り音とともに、走と敬太の眉間へコンマ数ミリで突きつけられた。
「だいたいねえ! 敬太! あんたのエントリー用紙のせいで、さっきウチの固定電話に『優勝賞金100万円のお振込先について』って怪しい電話がかかってきたんだよ! オレオレ詐欺かと思って警察に通報しかけたじゃないか!!」
「えっ!?」
蓮司の目がカッと見開かれた。
「おい敬太……テメエ、エントリー用紙の連絡先に走の実家の番号書いたのか……!?」
「だって俺んち固定電話ねえし、適当に走の家の家電書いとけばいいかなって……」
「死ねええええええええッッ!!」
蓮司が24mmメガネレンチを振り上げ、敬太の首を絞め上げる。
「俺のスナップオンがァァァッ!! 工具セットの夢がオカンの直通電話で消し飛んだだろうがァッ!!」
「ぎゃあああッ! レンが本職の暗殺者みたいな顔になってる!!」
その大混乱の最中、美代子の視線が、スポンジバリアから這い出してきた白銀怜へと向けられた。
「……あんたがこの暴走族の元締めかい?」
「え……? ぼ、僕……?」
指を差された白銀が固まる。
美代子はスタスタと歩み寄ると、白銀の胸元にこびりついた『みたらし団子のタレ』をじっと見つめ、ため息をついた。
「いい年した男が、こんな山奥でパジャマみたいな革ツナギ着て、胸にタレこぼして……親御さんは泣いてるよ。だいたいこんな平日の早朝から集まって、仕事は何をしてるんだい?」
「だ、ダイネーゼの特注ツナギをパジャマ……!? 僕の家は代々続く総合病院の理事長で、僕は医学部生で――」
「医者の卵がこんな危ない真似してんじゃないよバカ垂れがッ!!」
バチィィィィィィィンッッ!!
鋭いネギの一撃が、白銀のヘルメットの頭頂部に炸裂した。
「ぶべらッ!?」
白銀が再びスポンジバリアの中へ綺麗に逆戻りしていく。
「あんたたちもだよ!」
美代子は周囲を取り囲んでいた『漆黒旋風』の屈強なメンバーたちを一喝した。
「こんなところで単車ブン回してないで、早く山を下りて街のゴミ拾いでもしなさい! ほら、そこのサイドカー! 杉の木に引っかかってないで早く降りといで!!」
杉の木に宙吊りになっていたサイドカー兄弟が、震え声で「は、はいぃぃっ……!」と返事をして必死に木から滑り降りてくる。
全国区の最凶暴走族連合が、わずか数分で近所のオバちゃんによるPTA指導室と化していた。
「さあ走、敬太! 単車にロープ繋ぎなさい!」
美代子が荷台から頑丈なトラロープを取り出し、Dioの荷台に縛り付ける。
「えっ……ロープって……」
「牽引だよ! あんたたちのガソリン代がもったいないからね! アタシの原付で二台まとめて引っ張って帰るよ!!」
「「ヒエエエエエエッ!? 時速100キロで原付に牽引されるのおおおおッ!?」」
絶叫する走と敬太。
朝日に照らされる霧降峠の山頂。
タコメーターの針を折り、全国のスピード狂をねじ伏せた『RED ZONE』は、買い物カゴにネギを刺した母親の原付に数珠繋ぎに牽引され、涙目で家路につくのだった。




