第2章:首折れ峠の狂犬と、黒コゲの先輩
夜霧が深く立ち込める「首折れ峠」。
昼間は走り屋すら近寄らないそのヘアピンカーブの連続地帯は、今や耳をつんざくような重低音とコール音、そして何十台ものヘッドライトの光芒に包まれていた。
峠の登り口、唯一の退避スペースである展望駐車場を完全に占拠しているのは、現役最凶の武闘派暴走族『狂犬會』。
改造されたインパルスやゼファーが数十台並び、特攻服に身を包んだ血気盛んな若者たちが、金属バットやチェーンを手にたむろしている。
その中心で、漆黒のGSX400インパルスのシートに浅く腰掛けていたのが、狂犬會の現総長・鮫島だった。
剃り込みの入った坊主頭に、顔の真ん中を斜めに走る刀傷。くわえタバコの紫煙をくゆらせながら、冷え切った眼光で麓から響いてくるエンジン音を聞き分けていた。
「おい、鮫島さん」
傍らに控えていた幹部が、スマホを耳に当てながら駆け寄ってくる。
「昔、ウチの頭張ってたノブ先輩から鬼電が入ってますぜ。『ガキどもにCBを爆破された! ヤクザの先輩や足場屋のOBたちも巻き込んで大騒動になってる、首折れ峠で迎撃しろ』って……」
鮫島は吐き捨てるように紫煙を吐いた。
「ノブさんだと? あの引退したロートルが今さら何を騒いでやがる。リーゼントばっか気にしてた時代遅れの腰抜けが……だがまあいい。OBやヤクザに貸しを作っとくのは悪くねえ。峠の入り口を塞げ。ハエ一匹通すな」
「ウスッ!」
狂犬會の単車が数十台、一斉に横並びになり、首折れ峠の登り口を分厚い鉄の壁で完全に封鎖した。
チェーンやバットを手にした特攻服の男たちが、獲物を待ち受ける獣のように睨みを利かせる。
その直後だった。
――ドババババババッッ!! フォオオオオオオオンッッ!!
夜の闇を切り裂き、強烈な七色の白煙を撒き散らしながら、凄まじい速度で突っ込んできたのは――足場屋のトラックを突破し、先頭を逃走する『RED ZONE』の5台だった。
「来たぞ! 止めろオラァッ!!」
「叩き落とせェッ!!」
狂犬會のメンバーが身構え、金属バットを振り上げる。
だが、先頭を走る一条走は、ブレーキを握るどころかスロットルをさらに捻り込んだ。
その視線の先にあるのは、バリケードではなく――道路脇に作られた、土砂崩れ防止用の急傾斜コンクリートだった。
「お、いいジャンプ台!」
「ジャンプ台じゃねえ崖だ馬鹿野郎!!」
蓮司の怒号を置き去りに、走は躊躇なく単車を斜面へ駆け上がらせた。
フロントが宙に浮いた瞬間、昭和の旧車が重力を置き去りにして夜空へ跳躍する。ヘッドライトの光が霧を突き破り、バリケードを敷いていた狂犬會の男たちの頭上を豪快に飛び越えていった。
「なっ……!? 跳んだァァッ!?」
狂犬會が上空を見上げて呆気にとられたその一瞬の隙を、後続が見逃すはずもない。
「ヒャッハーーッ! 目が痛くなるラジコン煙幕お見舞いじゃァッ!!」
敬太が狂犬會の群れに向かって濃厚な白煙をダイレクトに吹きかけながら、歩道の狭い縁石をジャンプですり抜ける。
「質量と制動距離の計算上、衝突回避の最適解は歩道側30センチです!」
シンジが白衣をバタつかせながら冷静に隙間をトレース。
「邪魔だどけボケ共ォッ! 俺の単車に敬太のオイルが付着してんだよ触んな!!」
蓮司が美しいバンク角でフロントフォークを沈め、狂犬會の鼻先をミリ単位ですり抜けていく。
そして最後尾のチビ(小林蓮)は――。
原付の片手運転のまま、バリケードの端でバットを構えて固まっていた特攻服の男の胸ポケットに、食べ終わったばかりのからあげクンの楊枝をスッと刺し、涼しい顔で峠の上り坂へと消えていった。
ほんの数秒の出来事だった。
バリケードは何の意味も成さず、5台の怪物は一瞬で峠の奥へと駆け上がっていったのだ。
「な、なんだアイツら……!? 人間かよ……!?」
「鮫島さん、あいつら頭がおかしいですぜ!」
狂犬會の連中がポカンと口を開け、鮫島が額に青筋を浮かべて「チッ、単車回せ! 今すぐ追うぞ――」と怒鳴り散らそうとした、まさにその刹那。
カーブの向こうから、RED ZONEとは比べ物にならない、断末魔のような絶叫が響き渡った。
「どけええええええええっ!! 鮫島ァッ、そこをどかんかいバカ野郎がああああっっ!!」
「あン……!?」
白煙の立ち込める霧の奥から突っ込んできたのは、先端が炭化してボロボロと灰を撒き散らす暴走族仕様のCB400。
運転席に乗っている男は、自慢だったはずのリーゼントが完全に根こそぎ焼き払われ、巨大な黒コゲアフロが風圧でメキメキと崩落しかけている。顔面は炭鉱夫のように真っ黒、眉毛は一本もなく、胸ポケットには敬太からねじ込まれたシワシワの千円札。
後ろにしがみつく舎弟も同じく丸コゲのブロッコリー頭で、二人して涙と鼻水を撒き散らしながら絶叫していた。
しかも、その背後には――。
「邪魔じゃアフロォォォッ!! 止まるな踏み潰すぞコラァッ!!」
足場屋のトラックを先頭にしたOBたちの改造車、そして一切ブレーキを踏む気のないヤクザの黒塗りセンチュリーが、CB400のテールランプをガツガツと小突きながら、時速100kmで押し込んできていた。
「ノ、ノブ先輩……!? なんだあの頭……!? というか止まってくださ――」
「止められるわけねえだろォォォッ!! ヤクザにケツ押されてんだよボケエエエエッ!! オレはこのアップハンで腕の感覚がねえんだよォォォッ!!」
ドガッシャアアアアンッッ!!!!
RED ZONEを見送ったばかりで完全に無防備だった狂犬會の単車列へ、ヤクザのセダンの質量と突進力をそのまま背負ったノブのCB400が、時速100kmで真正面から突撃した。
火花、飛び散るプラスチック片、へし折れる三段シート、空を舞う特攻服。
自慢の縦社会ネットワークは、物理的な質量と暴力によって開始コンマ数秒で粉々に破砕された。
「ぎゃあああああっ!?」
「オレのゼファーがあああああっ!!」
「ノブ先輩何してんすかァァッ!?」
展望駐車場は一瞬にして鉄くずと阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
地面に叩きつけられ、黒コゲアフロからプシューと煙を吹いたノブは、灰を吐き出しながら白目を剥いて天を仰いだ。
「……オレの……オレのCBが……廃車……」
その横で、跳ね飛ばされた単車を猫のような身のこなしで飛び越え、奇跡的にアスファルトに着地していた鮫島が、額に血を流しながら仁王立ちしていた。
足元には、粉々に砕け散った自分の愛車・インパルス。
鮫島は無言で足元の鉄パイプを拾い上げると、煙を吹いて倒れている元先輩・ノブの胸ぐらを掴み上げた。
「……おい、アフロ」
「ア、アフロ言うな……オレはお前の先輩のノブだぞ鮫島……」
「先輩だろうが関係ねえよ。オレの単車どうすんだコラァッ!!」
「オレに言うな! 全部あのRED ZONEのクソガキどものせいなんだよォッ!!」
ノブが涙目で叫ぶ。
鮫島はノブを放り出すと、予備として置いてあったもう一台のマシン――極限まで軽量化された峠仕様のCB400SFへ飛び乗った。
セル一発、獰猛な排気音が夜霧を切り裂く。
「あのガキども……挽き肉にして首折れ峠の谷底にバラ撒いてやる……!!」
怒りとプライドを極限まで逆撫でされた狂犬が、単独でアクセルを全開に叩き込み、夜の峠へと飛び出していった。
標高八百メートル。夜霧が濃密な白い帳となって視界を遮る「首折れ峠」の後半区間。
そこは、減速帯の凸凹と外側に傾斜した逆カント、そしてガードレールの切れ目の先に広がる底なしの断崖絶壁が待ち構える、走り屋たちの墓場だった。
ギャギャギャギャギャッ!!
「どきやがれ雑魚どもがァッ!!」
狂犬會の総長・鮫島が駆る峠仕様のCB400SFが、狂気の突進を見せていた。
軽量化のために保安部品すら削ぎ落とされた車体は、コーナーごとに猛烈なスキール音を立てながら、先を走るRED ZONEの隊列へと一気に肉薄する。
まず餌食になったのは、最後尾をマイペースに滑空していたチビだった。
鮫島はチビの原付の真横へ並びかけると、容赦なくフロントタイヤを幅寄せし、肘でチビの肩を小突こうとする。
「クソガキが、チョロチョロ走ってんじゃねえぞオラァッ!!」
だが、チビは眉ひとつ動かさなかった。
激突する寸前、チビは原付の左ステップを踏み込み、右足で鮫島のフロントフォークをトンと軽く蹴った。作用・反作用の反動だけで軽やかに右側の路肩へスライドし、鮫島の体当たりを完璧にいなす。
さらに、手元に残っていた最後の『からあげクン』に付属していた爪楊枝を、鮫島の剥き出しになったスロットルワイヤーの隙間にスッと挟み込んだ。
「……アクセル、戻らないよ」
チビが無表情に呟く。
「な……ッ!? テメエ何しやがったァッ!!」
スロットルが全開のまま固定され、鮫島のマシンが暴力的な加速で暴走を始めた。
「ヒャッハーーッ! なんか後ろからロケット花火が飛んできたぞ!」
前方で七色のラジコン白煙を撒き散らしていた敬太が、バックミラーを見てゲラゲラ笑う。
「笑ってる場合か敬太ァッ!! あいつ突っ込んでくるぞ避けろ!!」
蓮司が叫び、神崎が「全開固定による突入速度は時速130キロ! 次の第7ヘアピンの曲率半径では遠心力がタイヤの横グリップを確実に400%凌駕します!!」と悲鳴を上げる中、鮫島は鬼の形相でフロントブレーキを限界まで引き絞り、無理やり車輪をロックさせながら敬太たちの間をすっ飛ばしていった。
狙う獲物はただ一人。
先頭を涼しい顔で引っ張る、あの昭和旧車の男――一条走だ。
「一条走ォォォッ!! テメエだけは絶対に崖下に叩き落とす!!」
鮫島のCB400SFが、走のリアフェンダーまであと数十センチの距離まで食らいつく。
二台は並走したまま、首折れ峠最大の難所である『魔の五連ヘアピン』へと突入した。
普通なら、時速40キロまで落とさなければ遠心力でガードレールを突き破る直角コーナー。
だが、鮫島は狂犬の意地でアクセルを緩めず、イン側の縁石に膝を擦りつけながら強引に車体をねじ伏せる。骨が軋むような横G。タイヤが悲鳴を上げ、溶けたゴムの焼ける匂いが立ち込める。
(どうだ……! この速度でインを突かれて曲がれるわけが――)
鮫島が勝ち誇った目で横を睨んだ瞬間、信じられない光景が視界に飛び込んできた。
一条走は、イン側どころか、ガードレール側の最も外側(アウト側)を全開で走っていた。
しかも、バンク角がおかしい。
車体を寝かせるのではない。走はシートから腰を浮かせ、ガードレールの金属パイプに左足のブーツの裏をガガガガガッ!と擦りつけながら、車体をほぼ垂直に保っていた。
「な……!? あいつ、何やってんだ!?」
鮫島の目が点になる。
「シンジィ! 外側のレール使ったら遠心力チャラになるって言ってたのこれかー!?」
走がヘルメット越しに風圧で口を横に広げながら叫ぶ。
「言ってません!!」
後方からインカム越しにシンジの絶叫が響く。
「僕が言ったのは『遠心力に対抗するには向心力が必要』という物理法則です! ガードレールを壁走りのバンク代わりにして足で踏ん張るなどという力技は、ただの自殺志願者の奇行です!!」
「よーし、いけるな!!」
「人の話を聞けェッ!!」
ガガガガガガガッッ!!
摩擦熱でブーツの底から激しい火花と黒煙が噴き上がる。
走は「ガードレールを踏みつける足の筋力」だけで遠心力を真っ向からねじ伏せ、信じられない旋回スピードでヘアピンをクリアした。
物理演算を根性で踏み倒す、狂気のコーナリング。
「バ、バカじゃねえのかテメエ……!? 足がもげるぞ!!」
鮫島が思わず叫ぶ。
「もげたら蓮司が溶接してくれるから平気!」
「オメエの足は鉄パイプじゃねえんだよ!!」と後方から蓮司の怒号が飛んでくる。
「次で終わりだ鮫島さん! 一番奥のヘアピン、どっちが先にアクセル戻すか勝負ね!」
走がニッと白い歯を見せ、スロットルを再び底まで叩き込んだ。
タコメーターの針はレッドゾーンを完全に振り切り、ラジコン用ニトロを食わされた昭和のエンジンが甲高い金属性の悲鳴を上げる。
「上等だコラァッ! 後悔すんなよガキがああああっ!!」
鮫島も爪楊枝で固定されたアクセルをそのままに、全開のまま最終ヘアピンの闇へと突っ込んでいく。
二台の単車が、時速130キロオーバーでヘアピンのクリッピングポイントへ飛び込む――。
そのときだった。
闇に包まれていたはずのコーナーの出口から、ピカアアアアッ!と、まるでスタジアムの照明のような暴力的な白色光が二人の視界を焼き尽くした。
「ウオッ!? 目がァッ!?」
「なんだあの光量……!? 対向車!?」
光の奥から響いてきたのは、単車の直管コールでも、四輪のドリフト音でもなかった。
それは――。
『パァァァァァァァァァァァンッッ!!!!』
夜の静寂を暴力的に引き裂く、耳慣れた電子ホーンの残響。
そして、それに続いて山鳴りのように轟いてきたのは、腹の底を激しく揺さぶる重低音の直管サウンドだった。
――フォオオオオオオオオオオオンッッ!!
濃密な夜霧を真っ二つに切り裂き、下り坂のイン側から異様な前傾姿勢でコーナーへ飛び込んできた一台の巨大な単車。
ベースは、空冷4気筒の咆哮を響かせる大型旧車――カワサキ・Z750FX。
闇夜に浮かび上がるのは、リーゼント風に前へ突き倒された黄ばみ風防に、日章旗カラーではなく「スーパー主婦」のステッカー。
リアには控えめながらもしっかり反り上がったエナメル白の30センチ三段シートがそびえ立つ、ド迫力の族車仕様だった。
だが、そのナナハンには、およそ暴走族とは思えない凄まじい生活感が積み込まれていた。
三段シートの後ろには、大型の買い物カゴが頑丈なゴムロープでがっちり括り付けられ、風防の内側の布タレ部分には特売の長ネギが二本、対空ミサイルのように斜め前方へ突き刺さっている。
さらに、ハンドルブレースには黄色い「本日半額!」のシールが貼られた国産若鶏もも肉のパックが、遠心力で激しくプルプルと震えていた。
跨がっているのは、特攻服ではなく、小花柄のエプロンにサンバイザーを装着した中年女性。
一条走の母親――美代子(48歳)だった。
手曲げのショート管から吹き出される、空冷ビッグマルチ特有の太い爆音。
吸い込みコールの技術を完全に自分のものにしながら、一切アクセルを戻さずコーナーへ突っ込んでくる。
「な……ッ!? ババア……!? ネギ刺した族車仕様のナナハン……!?」
鮫島の脳の処理が完全にフリーズした。
時速130kmオーバーの極限ドッグファイトの最中に、風防と三段シートをキメたエプロン姿のオバハンが、ナナハンをねじ伏せて下り坂を全開で突っ込んできたのだ。
「あ、オカン!」
走が呑気に声を上げた瞬間、美代子のサンバイザーの奥の双眸がキランと光った。
「邪魔じゃボケェッ!! あと五分でスーパーが閉まっちまうだろうがァッッ!!」
美代子は一切ブレーキを触らない。
むしろ、左足でステップを踏み込み、右手でスロットルを煽りながら、750ccの重量級マシンを鋭角にねじり込む。
キキッ!
黄ばみ風防の先端がガードレールとわずか5ミリの隙間をかすめる極限のインベタ。巨大な単車が地面スレスレまでバンクし、前方に突き出した長ネギの先端がアスファルトをザザザッ!と擦って火花と青臭いネギ油の匂いを撒き散らす。
「ネギでバンク角測ってんじゃねえよおおおおおっ!!」
鮫島の悲鳴が夜空に木霊した。
美代子のZ750FXは、外側で壁走りをしていた走と、インを攻めていた鮫島の間――わずか1メートルの車間へ白煙と爆音の塊となって割って入った。
ドバァァァァァァァンッッ!!!!
「半額シールの貼られた国産黒毛和牛が……ラスイチなんじゃあああああっ!!」
ショート管から猛烈なアフターファイアを噴き散らしながら、美代子はナナハンのスロットルを底までワイドオープン。
空冷ビッグマルチの怒涛のトルクがリアタイヤに炸裂し、白煙とともにアスファルトを抉り飛ばす。
ズシャアアアアッ!
鮫島のCB400SFと、走の旧車のノーズを、わずか数センチでかすめ飛ばす超絶パッシング。
二台の400ccは、大型の族車が巻き起こした猛烈な衝撃波と風圧、そして甘酸っぱい柔軟剤の匂いに煽られ、激しくハンドルを取られて路肩へ弾き出された。
「ぐわっ!? 風圧で吹き飛ぶ……!?」
鮫島が必死にフロントを押さえ込み、ガードレールに激突する寸前で急ブレーキを踏む。
チビの爪楊枝が外れ、ようやく戻ったアクセルでCB400SFが路肩にスピンしながら停止した。
一方の走も、ガードレールから足を離してスピンターン。アスファルトにブラックマークを刻みながら、なんとか踏みとどまる。
その二人の目の前を、三段シートと風防を揺らし、買い物カゴのネギを夜風になびかせたZ750FXが、爆音コールのようなシフトアップ音を残して下り坂の闇の向こうへ消え去っていった。
コーナーの奥から、遠ざかる美代子の怒声だけが響いてくる。
『走ォッ! 帰ったら風呂掃除しときなさいよォォォッ!!』
「はーい!」
走は爽やかに手を振り返した。
「……はーい、じゃねえよ……」
路肩に座り込み、額から血を流した鮫島が、震える手でタバコを取り出そうとして地面に落とした。
「あいつ……何なんだよ……。オレは……オレたちは、時速130キロで……ネギの刺さった族車のババアに……ブちぎられたのか……?」
「うちのオカン。昔、近隣の族をシメてたレディースの総長だったらしいよ」
走がヘルメットを脱ぎ、人懐っこい笑顔で言った。
「あ、鮫島さん。俺たちの勝ちでいい? 先にゴールしたのオカンだけど」
「勝負どころじゃねえよバカ野郎がああああっっ!!」
狂犬會の総長のプライドは、特売ネギの火花とショート管の直管サウンドとともに、首折れ峠の露と消えた。
だが、静寂が訪れたのも束の間。
峠の下から、ドゴドゴドゴッという不気味な地響きと、耳を塞ぎたくなるような絶叫が再び近づいてきた。
「止まれえええええええっ!! ブレーキパッドが完全に炭化してんだよオラアアアアッ!!」
ヘッドライトの光に照らし出されたのは、フレームがひん曲がり、前輪がブレまくっているボロボロのCB400。
巨大な黒コゲアフロから火の粉を吹き散らし、眉毛のない顔で涙を流す元暴走族・ノブだった。
その後ろには、単管パイプをガチャガチャ鳴らす足場屋のトラック、そしてフロントバンパーをノブのCBにガッチリめり込ませたヤクザの黒塗りセンチュリーが、一切スピードを落とさず最終コーナーへ雪崩れ込んできたのだ。
「うわっ、アフロのオ兄サンまだ押されてる!」
走が指を差す。
「ヒエッ!? あいつら止まる気ゼロだぞ逃げろォッ!!」
追いついてきた敬太が悲鳴を上げ、RED ZONEの面々は即座に単車を路肩の斜面へ退避させた。
「鮫島ァッ! 助けてくれええええっ!!」
「ノブさん、突っ込んでくんなァァァッ!!」
ドガッシャアアアアアンッッ!!!!
美代子が去ったばかりの最終ヘアピンのガードレールへ、ノブのCB400、ヤクザのセンチュリー、そして足場屋のトラックが玉突き状態で激突。
激しい火花とともにガードレールがひしゃげ、ヤクザの高級車のエアバッグが一斉にボンッと開いた。
静まり返る夜の首折れ峠。
ひしゃげたトラックの荷台から単管パイプがガラガラと崩れ落ち、センチュリーの助手席から出てきたヤクザが、開いたエアバッグに顔を埋めて「ぐえぇ……」と呻いている。
そして、激突の衝撃で宙を舞ったノブは――。
道路脇のガードレールの上に、綺麗に黒コゲアフロから突き刺さる形で逆さまに静止していた。
ボロボロの革ジャンの胸ポケットから、例のクシャクシャになった千円札がハラリと落ち、アスファルトの上を風に吹かれてカサカサと転がっていく。
「あ、俺の千円」
走がトコトコと歩み寄り、千円札を拾い上げてポケットにしまった。
「……オレの……千円……」
ガードレールに突き刺さったまま、ノブが弱々しく呟く。
「約束通り勝ったから返してもらったよ! じゃあオ兄サンたち、峠遊びも終わったし、俺たち帰って風呂掃除するから!」
「待てェ……! 誰か……オレを……このガードレールから……引っこ抜いてくれぇぇぇ……」
ノブの哀しい懇願を背に、RED ZONEの5台は再びエンジンを始動させ、夜霧の立ち込める峠を下っていくのだった。




