第1章 第9幕 閻魔
暁の村に帰ると、閻魔は精力的に体制を整えた。
紅蓮の助言で、仕事を分けた。役割を分担すれば、より遠くまで手が届くと実感した。
人が増えて生じた軋轢は、決まりを定めて収めた。
天現から学者を迎え、農地と水路を拡げた。
市も立てた。大陸東部と天元を結ぶ物流の要衝として、村は賑わうようになった。
やがて「村」とは呼べぬほど、村の規模は拡大した。
二年後、試練が訪れた。
近隣の小国から、侵攻を受けたのだ。
それは、夜明け前に始まった。
見張りが異変に気付き、鐘が鳴る。
決めておいた通りに、子供と老人は奥へ。
農具は運ばれ、水路の堰が操作される。
丘の上に立つ紅蓮が、錫杖をカツンと地に打ちつけた。
霧が濃くなる。
放水でぬかるんだ地面が、敵の足を捉える。
霧で視界を閉ざされ、敵の進軍が止まった。
「前へ出るぞー!!」
弁慶が怒号を上げ、村人を率いて前線を押し返す。
倒すためではない。止めるために。
背後の村人も、持ち場を守り続けた。
紅蓮は丘から動かない。ただ、掌が翻るたびに、風向きだけが変わった。
やがて敵は、前列から崩れた。誰か一人が逃げ出すと、そこから綻びが広がり、統率が乱れた。
退却の声が聞こえた。
追わない。皆、その場で動きを止めた。
閻魔が、手を上げて制していた。
一瞬ののち。
「うおぉぉぉ!」
弁慶の雄叫びが響き渡り、続いて村中から勝鬨の声が上がった。
戦いは、終わった。
村の発展が侵略を呼ぶならば、守りを固める必要がある。
軍を組織するために、大きな街から指南役を招聘した。村人からも志願者を募り、練兵した。
その後も幾度か戦はあったが、大きな被害はなかった。
やがて、天元からの難民が増え始めた。
耳に入るのは、以前にも増して広まる格差と貧困。
そして、蛇蝎の支配の恐怖であった。
閻魔は、天元城を望む平原に立ち、再び自分の手を見つめた。
この手は、届いている。
何も、捨てては来なかった。
――蛇蝎。
これでもまだ、手を伸ばすのは誤りと言うか。
選別し切り捨てることでしか、本当に国を保てぬか。
いつの日か、もう一度問いたい。
ゆっくりと視線を上げ、閻魔は、天元城を睨みつけた。




