第5章 第4幕 故郷
不知火は夜通し禽馬を飛ばし、日中も走り続けた。
場所は覚えていた。
寂れた素朴な村だった。
あの雨宿りの夜、強すぎる双蛾を気遣っていた神楽を思い出す。
双蛾の寄りかかれるところがあればいいのに、というような話をしたのだ。
自分がそうだと思っていた。そうだった筈だ。
またそうなればよいのだ。
「ここだ…」
結界に隠された村の入り口を見つけたときには、日が傾いていた。
林道を少し入って禽馬を停め、歩いて進む。
柏仲に追い返された場所を過ぎる。
俺が迎えに来たと知ったら、あいつはどんな顔をするだろう。
怖いような、少し心躍るような気がした。
暗い林道を抜けると、急に夕日が差し込んだ。
一瞬目を瞑る。
次に目を開いたとき、不知火は言葉を失った。
これが、あの村――?
そこは、記憶に残る小さな村ではなかった。
広がる一面の麦畑。
古く粗末だった家々もきちんと建て直され、のどかな田園風景がどこまでも続いている。
静かに、村の中へと歩みを進める。
風が、麦の穂を優しく揺らした。
道端の楢の木のそばで、立ち止まる。
(これは…あいつが、やったのか)
様々な思いが溢れるようでいて、その実、何も考えられなかった。
「双蛾おねえちゃーん!」
ふいに子供の声がして、心臓が跳ねた。
子供が数人、小道を駆け抜けて行くのが見えた。
そして、その先に――。
(双蛾…)
駆け寄った子供たちに手を差し伸べる双蛾が見えた。
その横顔は、夕日を受けて、はっとするほど美しかった。
(…そんな顔、俺に見せたことねぇだろ…)
子供たちに手を引かれ、双蛾が遠ざかって行く。
やがて姿が見えなくなる。
不知火はもう一度麦畑を見た。
一日の最後の陽光に、麦の穂が黄金に輝いている。
あの貧しい村を、双蛾が変えたのだ。
ただ守るために残ったのではなかった。
不知火が燈都のために奮闘する間、双蛾も村で尽力していたのだ。
「……さすが、俺の惚れた女だな」
山脈の向こうに、静かに日が沈んでいく。
不知火は踵を返した。
自分は、燈都を――界門を守り抜く。
魔境の脅威を、絶対に人界には近付けない。
双蛾の愛するこの村を、俺が守る。
禽馬が見えてきた。
不知火は颯爽と跨り、燈都へ向け走り出した。




