幕間 地脈
崩れかけた廃屋の前で、紅蓮は禽馬を降りた。
叢に分け入り、かつては村の中心地であったろう広場へ進む。
目当ての井戸があった。
滑車を動かし朽ちた桶を引き上げると、その底が水に濡れていた。
数年前は枯井戸だった。
周囲にも、雑草すら生えていなかった筈だ。
閻魔の元を離れてから、時折黒稜院を出ては、南部旧領を巡っている。
南の王となる、などと言い捨てて来たものの、何をしているわけでもない。
行く先々で、手を貸せることがあれば貸すが、基本的には傍観者だ。
暁の村に関わる前の放浪生活と、何ら変わりはない。
法嶽が去り、界綴りで歪められた大地の流れは、元に還りつつあるようだ。
恵みを奪われた地も、不当に潤った地も、あるべき姿に戻っていく。南盟も、いつの間にか離散していた。
否、全てが元通りとはいかない。
例えばこの地。
大地の力がたとえ戻っても、去った人々は帰るまい。
残郷を救いたい、という閻魔の願いは、宙に浮いたまま残った。
目を閉じ、足元に神経を注ぐ。
ほんの僅か、井戸に向かう気の流れを感じる。
界綴り本来の術には遠く及ばない。
那由多ほどの力もなかろうが、おそらく同じものを掴みかけている手応えがある。
先日、雷霆とともに書庫の整理をした際に、界綴りについて記載された古い手記を見つけたのだ。ひどく癖のある筆跡で解読に忍耐を要したが、術の仕組みが朧げに理解できた気がした。
以来、南部旧領を旅するごとに、地脈というものを意識している。
白嶺院の尼僧たちが、人知れず担っている守り。
何か自分にもできることはないかと、紅蓮は模索し続けていた。
黒稜院へ帰り着く。
雷霆が説法をしている。
僧の数は本堂に収まりきらず、庭で立ち聞きする者もいる。
天衡僧正の教えを乞おうと、本山を訪れる者が増えた。
内を見つめ、己を知る。そこに、それぞれの理がある。
雷霆の教えは、単純明快だ。
それでいて、『それぞれの理』というのが、雷霆らしいと思う。
そうだ。ひとつではない筈だ。
理央の理、神楽の理、閻魔の理――
皆が必死に追い求めたものを思う。
(わしの理は…)
ここまで老いて、またわからなくなってきた。
(…僧正殿に、わしも後で教えを乞うか)
紅蓮は小さく笑みを浮かべると、本堂に背を向け、庵へ向かった。




