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天元戦記  作者: yakiniku1010
第5章
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幕間 地脈

崩れかけた廃屋の前で、紅蓮《ぐれん》は禽馬《きんば》を降りた。

叢《くさむら》に分け入り、かつては村の中心地であったろう広場へ進む。

目当ての井戸があった。

滑車を動かし朽ちた桶《おけ》を引き上げると、その底が水に濡れていた。

数年前は枯井戸だった。

周囲にも、雑草すら生えていなかった筈だ。

挿絵(By みてみん)


閻魔《えんま》の元を離れてから、時折黒稜院(こくりょういん)を出ては、南部旧領を巡っている。

南の王となる、などと言い捨てて来たものの、何をしているわけでもない。

行く先々で、手を貸せることがあれば貸すが、基本的には傍観者だ。

暁《あかつき》の村に関わる前の放浪生活と、何ら変わりはない。

法嶽《ほうがく》が去り、界綴《かいつづ》りで歪められた大地の流れは、元に還りつつあるようだ。

恵みを奪われた地も、不当に潤った地も、あるべき姿に戻っていく。南盟《なんめい》も、いつの間にか離散していた。

否、全てが元通りとはいかない。

例えばこの地。

大地の力がたとえ戻っても、去った人々は帰るまい。

残郷《ざんきょう》を救いたい、という閻魔の願いは、宙に浮いたまま残った。


目を閉じ、足元に神経を注ぐ。

ほんの僅《わず》か、井戸に向かう気の流れを感じる。

界綴り本来の術には遠く及ばない。

那由多《なゆた》ほどの力もなかろうが、おそらく同じものを掴みかけている手応えがある。

先日、雷霆《らいてい》とともに書庫の整理をした際に、界綴りについて記載された古い手記を見つけたのだ。ひどく癖のある筆跡で解読に忍耐を要したが、術の仕組みが朧《おぼろ》げに理解できた気がした。

以来、南部旧領を旅するごとに、地脈というものを意識している。

白嶺院《はくれいいん》の尼僧たちが、人知れず担っている守り。

何か自分にもできることはないかと、紅蓮は模索し続けていた。


黒稜院《こくりょういん》へ帰り着く。

雷霆が説法をしている。

僧の数は本堂に収まりきらず、庭で立ち聞きする者もいる。

天衡僧正《てんこうそうじょう》の教えを乞おうと、本山を訪れる者が増えた。

内を見つめ、己を知る。そこに、それぞれの理《ことわり》がある。

雷霆の教えは、単純明快だ。

それでいて、『それぞれの理』というのが、雷霆らしいと思う。

そうだ。ひとつではない筈だ。

理央《りおう》の理、神楽《かぐら》の理、閻魔《えんま》の理――

皆が必死に追い求めたものを思う。

(わしの理は…)

ここまで老いて、またわからなくなってきた。

(…僧正殿に、わしも後で教えを乞うか)

紅蓮は小さく笑みを浮かべると、本堂に背を向け、庵《いおり》へ向かった。


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