第4章 第20幕 故郷
鶏の声で、眠りから覚めた。
寝転がったまま目を開くと、炊事場に立つ神楽の後ろ姿が見えた。
隣の布団では、幼い子供が二人、まだ眠っている。
那由多は起き上がり、神楽に歩み寄った。
「オババ、おはよう。手伝うこと、ある?」
神楽が微笑む。
「もう出来上がるとこだよ。先に顔を洗っておいで」
「うん」
那由多は頷き、外へ出た。
井戸まで歩き、顔を洗う。
水が冷たい。冬が近いのだ。
小道の先に目を向ける。小さな家が見える。
あれが、母の暮らしていた場所だと聞いた。
家の横には畑もあったが、畑仕事をする母の姿が、うまく思い描けなかった。
神楽の家に戻る。
幼子たちも起き出していた。
四人で囲炉裏を囲み、朝食をとる。
簡素だが、おいしかった。
村に来たばかりの頃、どう過ごしてよいかわからず、那由多は戸惑った。
どうしろとも、神楽は言わなかった。
所在なく、家で幼子の相手をして過ごした。
病で親を亡くした兄妹だ。
親のない子が、自分だけではないと知った。そう言えば、母は天元で孤児院の営みに力を貸していた。母自身も、そうだったからだ。
そのうち那由多は、見様見真似で畑仕事を手伝い始めた。
近所の子らが、鍬の持ち方を教えてくれた。
かつて父と訪れたとき、ともに遊んだ子供たちだ。
少しずつ暮らしに慣れ、孤独な心が癒されていった。
父の元に帰りたいという思いは、いつもある。
だが、自分がここで何の危険にも晒されず暮らしていることが、父にとってどれだけ大事か、幼心にもわかっている。
母を失ったときの、父のあの絶叫。
あんな思いを、父に二度とさせたくはない。
自分は、ここで元気でいなくては。
燈都の人界側、北の砦が完成した。
可及的に設けた城壁や落とし穴との相乗効果で、燈都全体の中でも防護機構は最も強固となった。
完成を祝う宴が、そこかしこで始まった。
思い思いに飲んではしゃぎ、そこらで寝る者、踊り出す者、砦に上って大騒ぎする輩までいる。落ちないかと心配そうに見上げる双蛾を、仲間が引っ張り、酒宴の輪の中に座らせた。
いつもの見慣れた顔が並ぶ。皆楽しそうに盛り上がる。
力強く、生き生きとした街、燈都。何があっても立ち直る。きっと、獄皇にだって負けない。
――自分がいなくても。
(…オババなら、なんて言うかな)
急に、どうしようもなく会いたくなった。
座の中心で笑う不知火を見た。
目が合う。
(明日、一度村へ帰りたいって伝えよう)
微笑みを返しながら、双蛾は故郷を想った。
鞍に荷物を括りつけた迅を引き、城壁の外まで不知火と並んで歩いた。
「婆さんに、よろしくな」
双蛾が頷くと、不知火が手を伸ばし、頬に触れた。
早朝の空気に冷えた頬に、その手は温かかった。
「行って来るね」
迅の背に跨る。
「帰り、待ってるぞ」
不知火が微笑む。
双蛾は少しその顔を見つめたのち、迅を走らせた。




