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天元戦記  作者: yakiniku1010
第4章
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幕間 書庫

「無相斎雷岳《むそうさいらいがく》殿、この本は、こちらでよろしいか」

表紙が擦り切れ題名も定かではない書物の束を、紅蓮《ぐれん》は数冊まとめて持ち上げた。

「その呼び方は、やめろ」

積年の埃にはたきをかけながら、吐き捨てるように雷霆《らいてい》が言う。

紅蓮はニヤリと笑い、書物を脇に積み重ねた。

天衡僧正《てんこうそうじょう》に任ぜられたにも関わらず、一向に何もしない雷霆に、導士連《どうしれん》から通達が届いたのだった。経堂の書庫を整理し開放せよ、と。若き僧たちに学びの場を与えるためと言われては、無視するわけにもいかない。

天戎《てんかい》、玄統《げんとう》、法嶽《ほうがく》。三人の大導士《だいどうし》たちが、争うように管理していた場所だ。雷霆も、立ち入ったことは数えるほどしかない。

「紙屑同然のものも多いが、貴重な書もあるのぅ。確かに、このまま埋もれさせておくのは、惜しい。皆が読めるようにするべきだ。――僧正殿のお力でな」

「だから、やめろと言うに」

紅蓮は次の棚に移り、『南衡嶺《みなみこうれい》に巣食う魔獣《まじゅう》』と書かれた本を見つけると、座って読み始めた。

「おい、さぼるな」

雷霆を無視し、読み耽《ふけ》る。

蔵書の種類は多岐に渡った。『天元史《てんげんし》』『禽馬《きんば》の系譜』など、天衡道《てんこうどう》とおよそ関係のない本も多い。『女体の神秘』なるものまであった。保存するもの、捨てるものに分け、分類していく。

魔獣の本を保存するほうの山に積み上げ、紅蓮は次の本を手にする。『気象学』とあった。

「…双蛾《そうが》の喜びそうな本だ」

目を細めて頁をめくり、それも保存の山に乗せた。

「…おかしいのぅ」

雷霆が呟く。

誰かの古い日記のようなものを、紅蓮が不要の山に積んだときだった。

「どうした」

「禁呪《きんじゅ》の書が、ないのだ」

経典を納めた棚の一角に、不自然な隙間があった。

「…玄統が持って行ったのだろう」

百年以上の歴史の中で、玄統以外に禁呪を使用した記録はない。

だが、雷霆は首を傾げる。

「いや。あの龍が山を崩したあと、気になって一度確認した。確かにここにあった」

その後出入りした者は、法嶽しかいない。

黒稜院《こくりょういん》の龍と、白嶺院《はくれいいん》の界綴《かいつづ》り。法嶽は、どちらも手にしたのだろうか。

「――使われることが、なければよいが」

雷霆が眉をひそめる。

「そうだな。――だが、知っておったか。あの龍、剣で倒せるのだぞ」

「馬鹿を言うな」

一蹴する雷霆を後目《しりめ》に、紅蓮は不知火《しらぬい》を思い出し、可笑しそうに笑った。

その奥の棚は、先の僧正・静玄斎明鏡《せいげんさいめいきょう》の蔵書であった。

古書が大半だが、独自に教義の研究を重ねまとめた自筆の書も多くあった。端麗で静謐な筆跡が、人柄を表すかのようだった。

「…無相斎雷岳殿も、いずれこうして、のちの世のために教えを残さねばな」

紅蓮が言うと、そのときだけは、雷霆は何も言い返さなかった。

それを横目で見て微笑み、書を戻す。

ふと、隣に収められた分厚い書物に違和感を覚えた。

引き抜くと、なんと、表紙しかない。棚の上は、そこだけ空洞となっていた。

そして、そこに酒瓶が置かれていた。

「…まさか、静玄斎殿が…隠しておられたのだろうか…」

「…相当の年代物だぞ」

「…飲める…か?」

挿絵(By みてみん)

紅蓮と雷霆は、顔を見合わせた。

紅蓮が、口の端を上げる。

「無相斎殿のご教義では、酒は解禁されるのか?」

「…考えておくか」

雷霆も小さく笑みを浮かべた。


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