↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天元戦記  作者: yakiniku1010
第4章
PR
68/87

第4章 第16幕 那由多

怖い夢を見て目が覚めると、いつもそっと両親の寝室の戸を開けた。

星占《ほしうら》はすぐに気付いて起き上がり、那由多《なゆた》を布団に入れてくれた。

閻魔《えんま》は大抵半分寝ぼけて、おぉ、よしよしと那由多を抱き締めた。頬ずりされると髭《ひげ》がちくちくしたが、那由多はそれが好きだった。

夢のことなどすぐ忘れ、両親の間で眠ったものだった。


今、毎晩夢を見て起きるが、星占はもういない。

閻魔は以前にも増して職務に追われ、遅くまで部屋に帰らない。

戸を開ける。

あれ以来警備が増やされ、部屋の外には常に護衛の兵士が立っている。

那由多の姿を見ると、どうしました?と微笑んでくれるが、何でもない、と那由多は部屋に戻る。

また微睡《まどろ》むが、結局同じ夢を見る。

星占の胸から吹き出す血を、頭から浴びる。閻魔が男たちを次々に斬り殺す。泣き叫ぶ閻魔の腕の中で、星占が動かなくなる。

それら全てが、真っ赤な視界の中で起きるのだ。


城内はもはや安全ではなく、一人では歩かせてもらえなかった。

那由多は椅子に腰かけ、机の上を見た。

差し入れられた子供向けの本が並ぶ。

その手前に、いつか弁慶《べんけい》にもらった木彫りの禽馬《きんば》。

木炭と紙の束。

一番上には、那由多の描いた閻魔と星占の笑顔があった。

新しい紙を取り出し、木炭を手に取る。

何を描いていいかわからず、那由多はじっと紙を見下ろし続けた。


閻魔は、宗烈《そうれつ》と桐薫《とうくん》が繰り広げる論戦を、じっと聞いていた。

国防の責任者でありながら野盗の襲撃を防げなかった宗烈を、桐薫が激しく叱責する。寧阿《ねいあ》も同調し、宗烈の罷免を求める。

あの襲撃の実態は、調査が進むにつれ、少しずつ明らかとなった。驚くべきことに、野盗は、北衡嶺《きたこうれい》を超えて来たのだった。北崖党《ほくがいとう》の話を思い出す。燈都《とうと》のことばかり案じていた。人界《じんかい》の脅威になるとは、思ってもみなかった。

閻魔は立ち上がり、桐薫の弾劾を制止した。

「宗烈殿の責任ではない。山脈側から危機が及ぶなど、誰も考えて来なかった。あの状況の中、兵士たちは最善を尽くしてくれた。今後は、西側からの侵攻も念頭に、防衛線を引き直そう」

桐薫が渋々席に着く。寧阿は、分厚い瞼《まぶた》から見上げるように、陰湿な目を閻魔に向けた。

「…王権を脅かす禄珠《ろくじゅ》様が身罷《みまか》られ、内心喜んでおられるのではありませんか」

維辰《いしん》が、椅子を倒して立ち上がった。

「寧阿殿!それはあまりにも…閻魔様は、奥方様を亡くされたのですよ!」

「維辰、よい」

閻魔は静かに言い、立ち上がった。

「今日はここまでとしよう。宗烈殿、弁慶と相談し、防衛体制を整備してくれ」

「…御意」

宗烈が頭を下げた。桐薫があからさまに舌打ちする。

閻魔は、静かに広間を後にした。


那由多の部屋へ向かう。

扉の前に立つ衛兵が、小さく敬礼した。閻魔は頷き、職務を労う。

扉を開ける。

那由多は、机に向かったまま、振り向かなかった。

閻魔は寝台の前の丸椅子を引き寄せ、隣に座った。よく星占がかけていた椅子だ。

「…眠れているか」

「…うん」

那由多は頷いたが、滑らかな頬に深い隈《くま》が刻まれている。

言うべきことがあって来たが、閻魔の心は痛んだ。

「神楽《かぐら》殿のところへ行く話だがな…」

那由多が顔を上げた。

「…行かなきゃ駄目?」

閻魔は口籠り、しかし、那由多の目を見て続ける。

「そなたも知っているだろうが、前よりもっと、ここは安全ではなくなってしまった。そなたをこれ以上危険に晒《さら》したくない」

那由多は立ち上がり、閻魔に抱き着いた。

「父上と離れたくないよ…」

「…わしもだ」

閻魔は、那由多の小さな体を抱きしめた。

「だがな。平和を取り戻して、迎えに行く。前にも言った通りだ」

「うん…」

その背を撫でてやりながら、ふと机上に目を留めた。

閻魔と星占を描いた、那由多の絵。

閻魔は、那由多を抱いたまま片手を伸ばし、絵を手に取った。

「この絵、前に星占が見せてくれた。本当に、よく描けておるな」

那由多は体を離し、じっと絵を見た。

「これは、わしが預かっておいてよいか?離れていても、いつでも星占とそなたを、思い出せるように」

頷いた那由多の目から、涙が零れた。

初めは静かに。

やがて溢れるように流れ出し、次第に那由多は泣きじゃくり始めた。

「あのね、父上…」

両手で目を拭いながら、絞り出すように言葉を繋ぐ。

「僕、父上が討たれたって聞いて、納戸を飛び出しちゃったんだ。そしたら、あいつらがいて…僕が出て行かなければ、きっと母上は死ななかった」

顔中をぐしゃぐしゃにして、那由多は言った。

「ごめんなさい」

挿絵(By みてみん)

閻魔は、再び那由多を抱きしめた。

「そなたのせいではない」

閻魔の目にも、涙が滲む。流れぬように、腹にぐっと力を入れる。

「わしこそ、もう一日早くそなたたちを神楽殿の元へ送り出していれば…残郷《ざんきょう》に行かなければ…蛇蝎《だかつ》のことなど放っておけば…」

星占と出会ってからの日々が、胸に押し寄せた。閻魔の破滅を、ずっと気にかけてくれていた星占。もっと真摯に耳を傾けていれば、何かが違ったのではないか。

「わしのせいだ。すまぬ…」

那由多の手が、閻魔の背中をぎゅっと掴んだ。

頬を寄せると、那由多が力なく笑った。

「…お髭が、ちくちくする」

閻魔はそっと顔を離し、那由多を見た。

涙を流したまま、那由多は微笑んでいた。

「…必ず迎えに来てね」

胸が潰れるのを堪え、閻魔は笑みを返した。

「勿論だ。待っていてくれ」

那由多が頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。